もう1つは、タバコ以外の原因を非難することである。細菌・ウイルス・遺伝・大気汚染といったがんの他の原因を公表することで、タバコの有害性から注意を逸らすことができる。これは「喫煙はがんを引き起こす」という通説を、いまだ論争中かのように見せかける操作になっている(注4)。
タバコ業界の戦略にも表れた
科学否定論の5つの手口
科学否定論に話を戻そう。
前章で見たように、科学否定論は5つのテクニックを持つことが指摘されていた。改めて確認すると、次の通りである。
(1)証拠のチェリーピッキング
(2)陰謀論への傾倒
(3)偽物の専門家への依存
(4)非論理的な推論
(5)科学への現実離れした期待
以上の5つはいずれも、通説を「論破」するテクニックになっている。ただし、注意が必要なのは、科学の側が、これらのテクニックを一切使わないわけではないことだ。科学の中でも対立説を論駁することは行われるし、そこに「証拠のチェリーピッキング」や「非論理的な推論」(例えば、藁人形論法)が使われることも稀ではない。論文が査読に通らなかったり、研究費が獲得できなかったりするとき、対立する学派の「陰謀」が見出されることもある。また、広く科学の使われ方まで含めると、マスメディアが意図せずして「偽物の専門家」を呼んだり、科学に対して絶対確実な知識のような「現実離れした期待」を抱いたりすることもある。
『科学否定論はなぜ人をひきつけるのか』(松村一志、筑摩書房)
最近の科学否定論や研究不正をめぐっては、科学を生み出す制度や規範と、非科学を生み出す制度や規範との違いが問題になっている。例えば、「タバコ戦略」に見られるように、科学否定論はしばしば、学会・学術雑誌・研究機関を模しつつも、実際には科学を都合良く利用するような制度を整備することがある。そのため、科学と非科学の線引きは、「良い制度」と「悪い制度」の線引きに置き換わりつつある。言わば、「本物の科学」と「フェイク科学」の違いが問題になっているのだ。
そう考えると、科学と科学否定論の境界線の捉え方も見えてくる。「良い制度」の下では詭弁を排除する力が働くが、「悪い制度」では詭弁が温存されやすい。それは、通常の科学が持つべきチェック体制を欠いている。しかも、通説を否定しようとすると、議論に無理が生じやすい。だからこそ、科学否定論は、5つのテクニックを持ち出しやすくなる。その意味で、それらはたしかに科学否定論の目印になる。とはいえ、科学と科学否定論の真の境界は、5つのテクニックの使用それ自体ではなく、健全な議論を促す制度や規範の有無と考えた方が良い。
Proctor, Robert N., 2008, “Agnotology: A Missing Term to Describe the Cultural Production of Ignorance(and Its Study),” Robert N. Proctor and Londa Schiebinger eds., Agnotology: The Making & Unmaking of Ignorance, Stanford: Stanford University Press, 1-33.(鶴田想人訳、2023、「無知学――無知の文化的生産(とその研究)を表す新しい概念」『思想』1193: 9-42、参照23-25頁)







