Photo:REAL/H.Kondo
江戸時代から続く大阪の薬のまち「道修町(どしょうまち)」だが、大手製薬による“道修町離れ”が進んでいる。連載『製薬フロンティア』内の特集『道修町×大阪製薬』の本稿では、2025年秋に本社を大阪駅前に移転した塩野義製薬を取り上げる。長年、塩野義をけん引し、今や業界の名物社長とされる手代木功氏は、08年の就任当初に何を語っていたのか。(ダイヤモンド編集部 土本匡孝)
本社を昨年秋にJR大阪駅前へ
移転先の名称は「グローバル本社」
1878年創業の塩野義製薬は、武田薬品工業、田辺製薬(現在の田辺ファーマのルーツの1社)と並び、「道修町の御三家」と言われてきた名門製薬会社だ。創業当時の名称は、薬種問屋「塩野義三郎商店」。創業家の経営トップは代々、「(塩野)義三郎」を襲名してきた。
道修町に根を張ってきた塩野義製薬だが2025年秋、ついに本社機能を道修町の外(JR大阪駅前)へ移し、その地をグローバル本社と称するようになった。なお道修町の旧本社は、グループの生産部門を担うシオノギファーマなどが活用するという。
以下は、08年に創業家の塩野元三氏から社長のイスを受け継いだばかりの手代木功氏を紹介した記事だ。就任前から「スーパーマン」と社外から評された手代木氏だが、就任当時は48歳。国内製薬業界の経営トップとしては相当若く、話題となった。
現会長兼社長CEO(最高経営責任者)の手代木氏は、この間、日本製薬工業協会(製薬協)、日本製薬団体連合会(日薬連)の各トップを歴任。自社の経営でも“手代木マジック”と評される手腕を発揮してきた。最近では、JT(日本たばこ産業)医薬事業買収、鳥居薬品の完全子会社化、田辺ファーマから大型製品に関する事業買収決定があり、売上高1兆円に迫る勢いだ。ただし超長期政権が故に、後継バトンタッチに失敗すれば株価が大きく下がる“手代木ショック”も危惧される。
超長期政権がスタートした年、まだ初々しかった手代木氏は何を語っていたのか。社長就任前からあった手代木マジックとは?(ダイヤモンド編集部 土本匡孝)
道修町に根を張ってきた塩野義製薬だが2025年秋、ついに本社機能を道修町の外(JR大阪駅前)へ移し、その地をグローバル本社と称するようになった。なお道修町の旧本社は、グループの生産部門を担うシオノギファーマなどが活用するという。
以下は、08年に創業家の塩野元三氏から社長のイスを受け継いだばかりの手代木功氏を紹介した記事だ。就任前から「スーパーマン」と社外から評された手代木氏だが、就任当時は48歳。国内製薬業界の経営トップとしては相当若く、話題となった。
現会長兼社長CEO(最高経営責任者)の手代木氏は、この間、日本製薬工業協会(製薬協)、日本製薬団体連合会(日薬連)の各トップを歴任。自社の経営でも“手代木マジック”と評される手腕を発揮してきた。最近では、JT(日本たばこ産業)医薬事業買収、鳥居薬品の完全子会社化、田辺ファーマから大型製品に関する事業買収決定があり、売上高1兆円に迫る勢いだ。ただし超長期政権が故に、後継バトンタッチに失敗すれば株価が大きく下がる“手代木ショック”も危惧される。
超長期政権がスタートした年、まだ初々しかった手代木氏は何を語っていたのか。社長就任前からあった手代木マジックとは?(ダイヤモンド編集部 土本匡孝)
製薬ビジネスを
知り尽くす国際派
「週刊ダイヤモンド」2008年8月09・16日合併号より
今年の2月末、当時の社長、塩野元三(現会長)から社長就任を打診された手代木功は心底驚いた。なにしろ、まだ5カ年の中期経営計画の3年目である。しかも、2月中旬には新年度の体制が発表され、「これで今年の人事は終わり」と考えていた。







