「そうすべきだったとは思います」
→その「は」は必要か?

 相手に釈明を求められて「そのときにはこうすべきだったと思う」と答えるべきところ、「そのときにはこうすべきだったとは思う」と、「は」を入れる人がいる。

 あるいは、「そのネクタイは似合うと思います」と言うべきところ、「そのネクタイは似合うとは思いますよ」と言う人もいる。

「は」がたった1文字入るだけなのだが、文章は大きく変わる。どのように変わるか、例文で確かめてみよう。

・「こうすべきだったとは思う」
「こうすべきだったとは思うけれど…」と、逆接あるいは一部否定の含みがある。

・「そのネクタイは似合うとは思う」
「似合うとは思うけれど…」と何か別の話題(要素)を含むような印象。あるいは、「自分はそう思うが他の人がどう思うかはわからない」といった、断定を避ける表現。

・「私がお手伝いできるとは思います」
思うけれど実際は手伝いたくない、回避するような物言い。あるいは、「自分では力不足だと思うのだが」といった意味が含まれる謙遜表現。

 つまり、逆接あるいは一部否定の表現、もしくは断言を避けて控えめに言うために、あえて「は」を入れようとする心理が働いている。

 断言を避けて控えめに言うのは日本的な美徳とも捉えられるが、曖昧であり、受け手によってさまざまな解釈ができてしまう。ビジネスシーンでは、受け手によって捉え方が変わってしまうような表現は避けるべきだ。

「こうすべきだったと思う」「そのネクタイは似合う」「私がお手伝いできます(もしくは、できません)」と、明確に意図が伝わる表現をしよう。

 今回指摘した3つの表現は、発言者のさまざまな心理が反映された結果だと考えられる。ただし、その心理は受け手にも伝わるものだ。しかも、意図とは違う受け取り方をされてしまう可能性もある。メールだとテキストだけなので、なおさら誤解を招きかねない。

 1本のメールから関係性が崩れることがないよう、表現には気をつけたい。

西田延弘・日本文章表現協会代表理事プロティール