「もっと発言すべきだったというのはあります」
→「というのはある」が出現するのはなぜ?

「というのはある」という文末を、昨今よく見かける。例えば、「会議ではもっと発言すべきだったというのはある」「昨日のプレゼンは準備が足りなかったというのはある」など。

 文法的には絶対に間違っているわけではない。しかし、筆者は違和感を覚える。これは本当に肯定しているのだろうか?

 このような文章を書く状況は、誰かに何かしらの落ち度を指摘されて、釈明を行うシーンであることが多いだろう。落ち度を認めざるを得ない場合、釈明を行う人には次のような心理が働くと想定される。

・全てが自分のせいではない
落ち度を認めつつも、失敗に終わった全ての責任が自分にあるわけではないと思う気持ち。

・指摘した人に対する反発
「あなたにもこの程度の失敗はあるでしょう」といった、指摘してきた人への反発の気持ち。

 つまり、「というのはある」を用いるのは、肯定の形を取った部分否定であることが多い。それを冗長な表現を使うことで、ぼかそうとしているのだと考えられる。

「会議ではもっと発言すべきだったというのはあります」と先輩や上司にメールを送るのは、気を付けたほうがいい。メールを受け取った先輩や上司の中には、敏感に反応する人もいるかもしれない。「何か言いたいことがあるのなら、言ってみなさい」などと返信が届けば、決まずい雰囲気になるだろう。

 自分の非を全面的に認めるならば、「会議ではもっと発言すべきでした」と素直に自分の非を認めよう。非を認めたくないなら、「会議ではもっと発言すべきでしたが、発言できる状況ではなかったと思います」のように理由をしっかりと述べることが大切だ。