何度言っても、何度教えても直らない。部下や子どもにそう感じたとき、私たちはたいてい、自分の教え方の側を疑う。だが経営学者ピーター・F・ドラッカーは、生涯敬愛し続けた小学校の恩師2人から、彼女たちが習得させようとしたものをついに習得できなかったと『傍観者の時代』に書き残している。一流の教師でも直せなかったものは何だったのか、そして2人は1年かけて何を判断したのか――教えるという行為の輪郭を、この記録から問い直してみよう。本連載では、膨大なドラッカーの著作を読み返し、その中から令和の現在に役立つ知を取り出して紹介していく。(構成:ダイヤモンド社書籍編集局)

ドラッカー 教えられなかったもの

一流の教師でも直せなかった

 文部科学省の「教師不足」に関する実態調査では、2025年度の始業日時点で公立学校の教師が全国で4317人足りていなかった(2026年3月公表)。前回2021年度調査の2558人から4年で7割増という悪化ぶりだ。

 職場でも事情は変わらない。研修を組み、1on1を重ね、それでも変わらない部下がいる。そのとき問われるのは、たいてい教える側のやり方だ。

 だからこそ「教えれば人は伸びる」という前提を点検しておきたい。

 手がかりは、ドラッカーの自伝的著作『傍観者の時代』にある。小学4年生の彼はウィーンの小学校で、校長兼4年生担任のエルザ先生と、美術と工作のゾフィー先生に出会った。

 ところが本書にはこうある。

ところが私は、この二人の先生それぞれが私が習得すべきであるとし、私自身も習得しようと思っていたものを習得できなかった。

――『傍観者の時代』より

 身につかなかったのは、読める字を書くことと、大工道具を使えるようになることだった。

 問うべきは、伸びなかった生徒の側ではない。その1年で教える側が何を見ていたのかである。

 2人の教え方は正反対だった。

100年前の教室にあった1on1

 ゾフィー先生は言葉を使わず、生徒の手に自分の手を重ねて絵筆やのこぎりの持ち方へ導いた。

 一方、エルザ先生には手順があった。学期始めに現状を測り、本人と共有し、週に一度、書いたものを二人で突き合わせる。のちにドラッカーが目標管理やフィードバック分析として書くことになる手順が、ここにほぼ揃っている

 現代でいう1on1に近い仕組みだが、関心の置き場所が違う。本書には、エルザ先生は子ども中心ではなく、関心は子どもたちの勉強にあったとある。

 ドラッカーは2人をこう呼び分ける。

ゾフィー先生にはカリスマ性があった。エルザ先生には方法論があった。ゾフィー先生は悟らせ、エルザ先生は方法を与えた。

――『傍観者の時代』より

 カリスマと方法論。対照的な2人だ。

先生が「撤退」を選んだ日

 ゾフィー先生は、母親のために乳しぼり用の三脚椅子をつくるよう勧めた。ところが脚を同じ長さに切ろうとすると、17インチと19インチ半と14インチの棒ができた。

 切り直すとまた長さが違い、最後は3個の木のかけらになった。

 先生は怒りも叱りもせず、隣に座って未完の作品を眺めた。

 そして母親が万年筆を使っていることを確かめると、つけペン用のペン拭きをつくろうと言った。目標を下げたのではない。課題そのものを取り替えたのだ

 同じ頃、エルザ先生も判断を下した。ペン習字が改善されないと見るや、父親を呼び出したのである。

 生徒本人を同席させるのが鉄則だった。その席で彼女は、飛び級でギムナジウムの試験を勧めた。

身につけるべき唯一のことが身につけられないのです。字が下手でなくなる見込みがないのに、5年生として一年間を無駄にすることには意味がないと申し上げているのです。

――『傍観者の時代』より

 理由はもう一つあった。5年生を担当する姉のクララ先生が、この子の字で悩むことになるから、だという。

直らないと認めるまで、1年

 しかし父は諦めなかった。数年後、字が悪くなる一方であることに業を煮やし、息子を習字教室へ通わせた。

 教室のショーウィンドーには、「受講する前の私の字です」という悪筆の見本と、「受講した後の私の字です」という流麗な見本が並ぶ。週3回通い、後者を1枚書けたところで講座は修了した。

 さすがの父も諦めた。直ると信じて手を尽くすのは、愛情のかたちである。

 しかし、ドラッカーの字は生涯読みにくいままだった。第二次世界大戦の直後、恩師の不遇を知った彼は支援物資を送る。悪筆が恥ずかしく、手紙はタイプで打った。

 返ってきた礼状は流れるような筆致で、「私が教えられなかったピーター・ドラッカーですね」と始まっていた。

 長い歳月を経ても、彼女は覚えていた。教えた生徒としてではなく、教えられなかった生徒として。

 一流の教師2人が1年かけて到達したのは、この子には直らないものがある、という一点だった。その見極めに1年かかったのである。

 その見極めは、本人にはできなかった。教えることの成果は生徒の学びにある、と本書は書く。

 ドラッカーの著作の中で、本書『傍観者の時代』は異色である。理論を語るのではなく、理論が生まれた場面がそのまま置かれている。

 何が学ばれないのかを突き止める作業もまた、教えることの一部なのだろう。