生成AIは、質問すれば瞬時に答えを返してくれます。だからこそ、これから差がつくのは「答えを知っていること」ではないのかもしれません。成人の認知発達を研究する中土井僚さんが指摘するのは、頭のいい人ほど「自分は何を見落としているのか」を考えるということ。AI時代に必要な「地頭」とは何なのでしょうか。

地頭がいい人は「すぐ答えを出さない」。では、何をしている?Photo: Adobe Stock

「地図」だけでなく「領土」まで変わっている

「地図は領土ではない」

 心理学などで知られるこの言葉は、現実そのものと、私たちが頭の中で理解している「現実の地図」は違う、ということを表しています。

 けれど今は、さらに難しいことが起きていると中土井僚さんは言います。

 私たちが持っている地図が不完全なだけではありません。

 領土そのものが猛烈な勢いで変わっている。

 社会も、テクノロジーも、働き方も、人間関係も変化している。

 昨日まで正しかった地図が、そのまま明日も使えるとは限りません。

 私は『奇跡が起きる毎朝1分日記』の著者として、毎朝5時55分から「1分朝活」を無料で開催しています。ほんの1分から心と行動を整えていく取り組みですが、毎週月曜日は、普段とは違う視点を持つゲストをお招きしています。

 この日登場してくださったのは、オットー・ラスキー著『「地頭」を鍛えるとはどういうことか』(日本能率協会マネジメントセンター)の監訳者で、成人の認知発達について長年研究・実践してきた中土井僚さんでした。

 その話を聞きながら、いま必要なのは、

「正しい答えを速く出す能力」

 だけではないのだと感じました。

AIは答えられても、「何を聞くべきか」は人間が決める

 生成AIは非常に優秀です。

「このデータを分析して」

「この問題について調べて」

「A案とB案を比較して」

 と頼めば、大量の情報を短時間で整理してくれます。

 しかし、一つ大きな問題があります。

 自分が何をわかっていないのかさえ、わかっていなければ、AIに何を聞けばいいのかもわからない。

 中土井さんが紹介してくれた「弁証法思考」では、世界を固定されたものとして扱いません。

 いま目の前に見えているものだけで、

「原因はこれだ」

「Aが正しい」

「Bが間違っている」

 と決めない。

「この状況は、どこから来たのか」

「この先どう変わっていくのか」

「いま見えていないものは何か」

 と、動きの中で捉えていきます。

 普通の論理的思考が、いったん世界を「静止画」にして考えるものだとすれば、弁証法思考は「動画」として見る感覚に近いのかもしれません。

「また同じ夫婦喧嘩だ」で片づけると見誤る

 これは難しい哲学の話だけではありません。

 たとえば夫婦喧嘩です。

「夫が話を聞いてくれない」

「妻が怒っている」

 という表面だけを見れば、20年前も今も同じような問題に見えるかもしれません。

 しかし、その背景は変わっています。

 共働きが増えた。

 家庭内の役割分担も変わった。

 スマートフォンやSNSが生活に入ってきた。

 働く時間や場所も変わった。

 家族に対する期待も変わっています。

 つまり、同じように見える喧嘩でも、問題を生んでいる「構造」はまったく違う可能性がある。

 それなのに、

「またいつもの話だ」

「この人は昔からこうだから」

 と、古い地図だけで判断してしまう。

 仕事でも同じです。

「若手に根性がない」

「最近のお客様は我慢が足りない」

「以前はこの営業方法で売れた」

 そんな言葉が出たときこそ、

「本当に、以前と同じ状況なのか?」

 と疑ってみたほうがいい。

 地頭のよさとは、知っている答えを素早く当てはめることではなく、

「そもそも、自分は問題を正しく見ているのか?」

 と問い直せることなのかもしれません。

「ひりひりする体験」を、すぐ誰かのせいにしない

 もう一つ印象的だったのが、「葛藤」の話です。

 仕事で大きく失敗する。

 信頼していた人と衝突する。

 自分では正しいと思っていたことが、まったく通用しない。

 そんな出来事が起きたとき、人はつい、

「あの人が悪い」

「環境が悪かった」

「自分には向いていない」

 と、早く答えを出して楽になりたくなります。

 しかし中土井さんの話を聞いていると、そこに「地頭」を鍛える機会があることがわかります。

「なぜ、自分はこれほど反応しているのだろう」

「自分が当然だと思っている前提は何だろう」

「まだ自分には何が見えていないのだろう」

 と、一度そこにとどまる。

 AI時代、「知っている量」だけなら、人間はAIに勝てなくなるでしょう。

 だからこそ、

「これはこういう問題だ」

 と決める前に、

「本当にそうだろうか?」

 と問い直す力が重要になる。

 わからないものを、急いでわかったことにしない。

 すぐ白黒をつけない。

 自分がまだ知らないもののために、少しだけ余白を残しておく。

 次に何か問題が起きたとき、すぐに答えを出したくなったら、

「まだ見えていないものは何だろう?」

 と一度だけ考えてみる。

 その数秒が、いつもの答えとは違う場所へ連れていってくれるかもしれません。