そう言われると弱い。私は自分が不幸だったから、他人の不幸への同情もすごく深くなっていた。「われわれは自分が不幸なときには、他人の不幸をより強く感じるものなのだ」とドストエフスキーが書いている、まさにそういう心境だった(「白夜」『ドストエフスキー全集』第2巻 小沼文彦訳 筑摩書房)。

 OKしたところ、親戚はすぐその日にやってきた。

 ドアを開けてびっくりした。その親戚ひとりではないのだ。後ろにずらっと10人以上の男女が並んでいる。びっくりして、「えっ、この人たちは?」と聞くと、「この人たちもみんな、弘樹さんとお話がしたいそうです」と親戚は平気で言う。

 すぐに思い出したのは、知り合いの病人が宗教の勧誘をされたときの話だ。喫茶店で相手と会っていたら、なんと周囲の客がみんなその宗教の仲間で、断ると囲まれたというのだ。そうやって集団でやってきたりするのかと、ぞっとしたものだ。まさにそれだ!と気づいた。

 あわてて、玄関のドアを閉めようとした。親戚が手をかけて、閉めさせまいとした。手をはさんでもいけないと思い、親戚の身体を手で押しのけ、なんとかドアを閉めることができた。

 あのとき、風が吹いてもよろめくほど身体が弱っていたのに、よくあんな力が出たものだ。火事場の馬鹿力というやつだろう。

 親戚はチャイムを鳴らし続け、ドアを叩いたり、猫なで声を出したりしていたが、やがて帰って行った。

 おそろしい体験だった。親戚に油断してはいけないということを学んだ。

退院したその日に
墓地と宗教の勧誘電話が相次ぐ

 最初に退院した日(入退院をくり返したのだが、その最初の退院の日)、家に戻って、ああ、ようやく退院したと思って、ほっとしていたら、電話が鳴った。

 親か友達だろうと思って、「ようやく退院したよ!大変だったよ!」などと話をしようと思ったら、「お墓を買いませんか?」という勧誘の電話だった。正確にはお墓にする土地だったかもしれない。