コンシェルジェは「組織能力」である

 もっとも、この体験を、単に親切な担当者に偶然出会った話として片づけるべきではないだろう。顧客の状況を把握し、必要な情報を集め、複数の手配を組み合わせて解決へ導くには、担当者個人の力量だけでなく、それを支える仕組みが必要になる。

 優れたコンシェルジェ・サービスは、人材の採用、教育、権限の与え方、情報共有、外部サービスとのネットワークなど、多くの要素の上に成り立っている。担当者が顧客の事情に合わせて動くためには、マニュアル通りに処理する能力だけでなく、自ら考えて判断できる余地も欠かせない。

 こうした要素が長い時間をかけて結びつくと、その企業に固有の「組織能力」になる。高級感のあるカード券面や目を引く特典は分かりやすいが、想定外の状況で顧客を支えられる組織をつくるには時間がかかる。アメリカン・エキスプレスが築いてきたブランドの強さは、外から見える特典だけでなく、この見えにくい組織能力に支えられている。

 顧客体験を重視する経営の本質は、現場に精神論として「おもてなし」を求めることではない。顧客に向き合う担当者が力を発揮できるように、企業が組織として支えることにある。コンシェルジェは、アメリカン・エキスプレスが長年蓄積してきた知識と文化を顧客との接点で形にする存在だと言える。

プラチナ・カードはどのように拡大したか

 ここまで見てきた体験価値と組織能力を踏まえたうえで、近年のプラチナ・カード戦略を確認したい。アメリカン・エキスプレスは日本で2019年、それまで招待制だったプラチナ・カードを、申し込み後の審査で保有できる仕組みに変更した。日本の会員数は公表されていないため、実際にどれだけ増えたかは分からない。しかし、カードホルダーの間口を広げる施策だったことは明らかである。

 米国では2025年9月、個人・法人向けプラチナ・カードを刷新した。個人向けの年会費は695ドルから895ドルへ引き上げられた一方、飲食などの特典が拡充された。同年10月、スティーブ・スクエリCEOは、新しい米国プラチナ・カードの口座獲得が刷新前の約2倍の水準で進んでいると説明した。制度改定が量的な拡大につながったことを示す具体的な数字である。

 利用実績も伸びた。2025年第4四半期のカード利用額は5062億ドルで、前年同期の4640億ドルから約9%増加した。2026年第2四半期には、平均利用額が前年同期の6393ドルから6759ドルへ増え、四半期中に約300万件の新規顧客を獲得した。その約4分の3は年会費のあるカードだった。利益も前年同期比8%増の31億1000万ドルとなった。少なくとも会員獲得、利用額、利益という機能的な成果では、プレミアムカード強化策が一定の効果を上げている。

 日本でも2026年にプラチナ・カードの特典が改定された。年間500万円以上を利用した会員には、海外航空券の購入に使える10万円分のエアライン・クレジットや、プレミアム フリー・ステイ・ギフトの2泊目が付与される。カードを保有すること自体の希少性よりも、継続的に多く利用する顧客へ多くの特典を提供する方向が鮮明になった。

 ここまでの事実を見ると、アメリカン・エキスプレスは、プラチナ・カードの間口を広げたうえで、利用頻度の高い顧客を優遇し、会員獲得と利用額の双方を伸ばそうとしている。その短期的な成果は、米国の数字に表れていると言える。