実際に「卑」と「邪」はいずれも『広韻』で同じ音の漢字をまとめたグループの先頭におかれる「小韻代表字」でした。

 そして、韻書を作るという作業を想定すると、韻書の小韻代表字には編者が思い出しやすい字、つまり常用字が挙げられやすかったはずだ。そうすると、魏志倭人伝に使われた音訳字には、常用字が選ばれただけであったということになる。日本の固有名詞を漢字で表すのに、わざわざ悪い意味の漢字である「卑」や「邪」を選んだというわけではなく、そこに日本をさげすむ意図を読み取ることはできない(注3)。

 当時の一大先進地域である中国大陸から見ると、倭国を含むその周辺国家が文化的に大変遅れた地域であったことは疑うべくもありません。

 彼らに日本を馬鹿にする気持ちが全くなかったとは思いませんが、この論文で提示された通り、少なくとも音訳に使われた漢字からは、その馬鹿にする気持ちを読み取ることはできないのではないかと思われます。

「仏」「陀」も
良い意味の字ではない

 また、中国語に訳されたサンスクリット語経典(漢訳仏典)に登場する音訳字についても、表音性の高い漢字が選ばれているだけなのだと、この論文の附記に述べています(注4)。

 サンスクリット語の「アミターバ」を「阿弥陀仏」と書き、「陀」〈ななめ〉や「仏」〈かすか、さからう〉というあまりよろしくない漢字を選んでいることに、ことさらに貶める意味を見いだす必要はないというわけです。

『漢字の大疑問 いつも使っているのに意外と知らない言葉の世界』書影漢字の大疑問 いつも使っているのに意外と知らない言葉の世界』(日本漢字能力検定協会編、マガジンハウス)

 漢字研究の中で一大領域をなしている音韻研究は、歴史上の各時代に発音された音とその枠組みを明らかにすることを主眼としていますが、この論文は漢字の音声的でない特徴に着目して当時の言語文化を明らかにした、興味深い論文ということができます。

 大学図書館をはじめとした大きな図書館では見ることができるので、興味のある方はぜひ尾崎氏の論文をご覧になることをお勧めします。

「邪馬台国」「卑弥呼」といった固有名詞に使われている文字は、わざわざ悪い意味の漢字を選んでいるというよりも、単に使われる頻度が高い文字が選ばれているのではないかと考えられるとまとめられるでしょう。

(注3)当該論文中ではこの論理を補完するために様々な事実が挙げられていることを補記しておく。小韻代表字と一致しない2割の音訳字が小韻中の二文字目・三文字目に出るような日常字であること、また唐代のある詩人の押韻字がほとんど小韻代表字であることなど。

(注4)尾崎雄二郎1980『中国語音韻史の研究』(創文社)「あとがき」注3