小川も僕も
「変化のはざま」にいるのは同じ

――小川という役についてどう思いますか。

 小川ほど真っすぐに人と向き合える人は、いまも少ないと思いますし、明治の時代でも珍しかったのではないでしょうか。

 明治維新から30年がたったくらいで、日本という国が変わり始めた時代の中で、誰もが男女の認識であったり、日本という国と海外の認識だったりにまだ馴染んでいない中で、小川のようにしっかりと正面からものごとを見ることができる人は、とても美しい人間だなというふうに思います。

 僕も小川のような人間でありたいです。様々な邪魔や誘惑がある中で、人をちゃんと見るということがなかなか難しくなってきている時代の中で、それを忘れたくないと思います。

 甲斐さんの言葉を聞いて、情報や刺激の多い現代だからこそ、これは俳優の仕事に限らず、人と関わって働くうえでも大切な姿勢ではないかと感じた。

――生きる時代の違う人物の気持ちを作る方法を教えてください。

 その時代の背景を調べたり、小川が所属している近衛師団のことを調べたり、いろいろしました。

 でも、最終的には「人である」というところを忘れないようにしました。

 明治時代の人間に出会ったこともないので、どれだけ勉強しても想像の域を出ることはない。ただ、台本を読んだり、他の登場人物と絡んだりしていけばいくほど、そこまで「明治時代の人間」と考えなくていいかもしれないと思うようになりました。

 小川は明治時代の新しい日本に生きる青年で、僕は平成、令和しか知らない青年。そういう意味では、江戸から明治の変化は、昭和から現代という変化――例えばグローバル化、インターネット、人と人の距離の変化みたいなことと同じなのかなと。

「明治と江戸の時代の変化のはざまにいる青年」という意味では僕と変わらないという結論に至りました。

 ただ、やっぱり軍人らしさはしっかり再現するようにしました。当時の軍人は、国を守ること、そして国を守ることは天皇陛下を守ること、それが家族や大事なものを守ることになる、というふうに段階をもって考えていた。

 そこはもちろん抑えつつ、その職業に引っ張られ過ぎず、直美さんと話すときは軍人の鎧が外れたり、また軍人モードに入る瞬間があったり。そういう細かい気持ちの変化を意識しました。不思議と軍服を着ると背筋が伸びるもので、衣装に助けられたところもあります。