物価「ゼロ%」が事実上のアンカーに
「物価は上がらない」が予想をつなぎ止めた

 図1は、内閣府の消費動向調査を用いて推計した2012年4月時点の家計のインフレ予想の分布である。

 1年後の物価について「2~3%上昇する」との回答が多い一方、「変わらない」、すなわちゼロ%との回答には、さらに大きな集中が見られる。ゼロ%は、分布の中で独立した大きなピークを形成していた。

 これは、当時の家計のインフレ予想がゼロ%に強くアンカーされていたことを意味する。日銀がゼロ%インフレを明示的に約束していたわけではない。それでも、1990年代半ば以降、長期にわたって価格が据え置かれる状況を経験する中で、「物価は上がらない」という予想が家計や企業のマインドに深く染みついた。

 このゼロ%アンカーは、物価を安定させるノミナルアンカーとして機能していたと考えられる。

 例えば、海外発のインフレショックが日本を襲ったとしよう。その場合でも、家計や企業のインフレ予想がゼロ%近辺にとどまっていれば、ショックは賃金設定や価格設定に波及しにくい。そのため、ショックが持続的なインフレに転化するリスクを抑えることができる。

 では、インフレターゲティングの導入後はどうだったのか。

 図2は、13年1月に2%のインフレターゲティングが導入され、黒田東彦総裁の下で異次元の金融緩和が始まった同年4月の分布を示している。

 ゼロ%への集中が前年より明確に低下していることが分かる。黒田総裁が示したデフレ脱却への強い意志と、大胆な量的緩和が家計のインフレ予想を動かした可能性を示唆している。

 しかし、その後もゼロ%アンカーが一方向に弱まり続けたわけではなかった。