「年齢を重ねるほど、人生は楽になる」とは限らない。過去の失敗や失った時間、若いころの自分を振り返り、「あのとき、こうしていれば」と考えてしまうこともあるだろう。しかし、同じように年を重ねても、過去にとらわれず、穏やかに今を生きている人もいる。その違いは、起きた出来事そのものではなく、それをどう受け止めているかにあるのかもしれない。では、「年をとってから苦しまない人」が、今すぐやめたこととは何なのだろうか。話題の書『人生は気づかぬうちにすぎるから。「自分第一」で生きるための時間術』から、そのヒントを紹介する。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)

「年をとってから苦しまない人」が今すぐやめたこと・ベスト1Photo: Adobe Stock

ありのままを受け入れられているか?

「もう若くないのだから、今から新しいことを始めても遅い」
「あのとき別の選択をしていれば、もっと違う人生だったかもしれない」
「失った時間を取り戻さなければならない」

年を重ねるほど、そんな思いにとらわれることがある。

もちろん、老いや失敗、別れ、思い通りにならなかった出来事は、簡単に受け入れられるものではない。
過去を振り返って悔しくなったり、これから先への不安を感じたりするのは自然なことだ。

しかし、変えられない過去や、止められない時間の流れにいつまでも抵抗し続けていると、目の前の人生まで苦しくなってしまう。

「年をとってから苦しまない人」が今すぐやめたこと。
それは、避けられない痛みまで、何とか消そうとし続けることだ。

ラディカル・アクセプタンスを実践する

そのヒントになるのが、次の考え方である。

 ラディカル・アクセプタンス(根本的受容)という考え方をごく単純に表現すると、「痛み+抵抗=苦しみ」という公式になる。つまり「どんな人生でも、ある程度の痛みは避けられない。しかし、苦しみは、この避けられない痛みに抵抗しようとすることで初めて生じる」ということだ。
(~中略~)
 ラディカル・アクセプタンスとは、痛みを喜んで受け入れることではない。痛みは、痛いものだ。年をとること、誰かに拒絶されること、つねに焦燥感を覚えていること。これらは、楽しいものではない。また、こじれた人間関係を無理やり受け入れたり、その状態を続けなければならないといった意味でもない。そのような関係からはできるだけ早く抜け出すべきだ。そのうえで、過去を根本的に受け入れる。

――『人生は気づかぬうちにすぎるから。「自分第一」で生きるための時間術』より

過去を受け入れるとは、「あのときの出来事はよかった」と無理に思い込むことではない。
つらかったことや、失ったものをなかったことにする必要もない。

ただ、過去は変えられない。
その事実と戦い続けても、昨日には戻れず、使えるはずだった今日の時間まで失ってしまう。

年を重ねることも同じだ。
若いころとまったく同じようには動けないかもしれない。選べる道が減ることもあるだろう。
けれど、今の自分にできることまでなくなったわけではない。

大切なのは、変えられないことへの抵抗に力を使い切るのではなく、これから変えられることに目を向けることだ。

会いたい人に連絡する。
気になっていた場所へ行く。
体をいたわる。
今の自分に合わなくなった関係や習慣を見直す。

過去を受け入れることは、人生をあきらめることではない。
むしろ、これからの時間を自分のために使い直すための第一歩である。