開発現場では当初、1999年末という話もあり、その後1998年へ前倒しされた。そこへ社長になったばかりの奥田が、さらに1997年中の発売を求めた。トヨタのクルマ情報サイトGAZOOが掲載した開発者証言では、現場は「耳を疑うような決定」と受け止めている。

 試作車は最初まともに動かず、初めて動かすまで49日もかかった。それでも1997年3月には奥田自身がハイブリッドシステムを発表し、年内発売を公言した。逃げ道を先にふさいだのである。10月にプリウスを発表し、価格は215万円。12月に量産を始めた。

 COP3が京都で開かれたその年に、トヨタは世界初の量産ハイブリッド乗用車を市場へ出した。

「1年」を買った
プリウス発売の前倒し

 ここを「奥田が無茶を言い、技術者が頑張った」で終わらせると、本質を外す。私がこの決断で見るのは、奥田が1年という時間を買ったことである。新しい市場では、先に売れば先に客の反応が集まる。先に故障が出る。先に直せる。工場も販売店も部品会社も先に学ぶ。次の商品にも早く移れる。

 実際、初代プリウスは発売1カ月で月販目標1000台の3倍を超える3500台を受注した。トヨタは後から完成品を持って参入したのではない。市場そのものが育つ前から実戦経験を積み始めた。

 これは経営学でも重要な論点になっている。J・ロバート・バウムとステファン・ウォーリーが2003年に経営戦略分野の学術誌『Strategic Management Journal』へ発表した「戦略的意思決定の速さと企業業績」は、318人のCEOを1996年から2000年まで追った研究である。

 企業の戦略的意思決定の速さと、その後の成長率・利益率を調べたところ、意思決定が速い企業ほど、その後の成長率と利益率が高い傾向が示された。速く決めることは、単なるせっかちではない。競争相手より先に動き、学習を始める時間を手に入れることでもある。

 だが、奥田の凄(すご)みはこうした先行研究より本人の経歴を追った方がよく見えそうだ。