奥田の速度感覚が
トヨタを変えた

 大企業では慎重さが美徳になりやすい。失敗を避けるために資料を増やし、会議を増やし、判子を増やす。ところが市場は社内手続きが終わるまで待ってくれない。1990年代後半、環境問題への関心が急速に高まり、自動車の次の競争軸が見え始めていた。その入り口でトヨタがプリウスを前倒しして出した意味は重い。

 しかも、奥田の速さはプリウスだけではない。1995年の社長就任後には販売不振への対応を急ぎ、1996年には大幅な役員交代を断行した。ここで大事なのは、一つ一つの判断がすべて正しかったかではない。奥田は、決定を棚の上に寝かせること自体を経営上の損失と考えていた。

 決断を遅らせれば、その間にも市場、技術、競争相手は動く。企業の時計だけを止めることはできない。奥田の「せっかち」は性格であると同時に、巨大組織に時間の値段を思い出させる仕組みでもあった。

 奥田を褒めるなら、未来を正確に当てたからではない。未来がまだ曖昧(あいまい)なうちに会社を猛スピードで走らせたことを褒めるべきである。経営者の仕事は、全部の情報がそろってから判子を押すことではない。どこまで情報を集めれば走り出せるかを決めることだ。失敗すれば直せる。

 だが、競争相手が失敗し、直し、次へ進んでいる間に、自分たちだけが会議を続けていた時間は戻らない。

 道路では、奥田の速度感覚は危険そのものだ。しかし、経営では、その速度感覚がトヨタを変えた。プリウスを設計したのは技術者である。しかし、その技術を「もっと早く世に出せ」と会社全体に圧力をかけたのは奥田だった。慎重な巨大企業にアクセルを踏ませたのである。「即断即決」は性格ではない。

 会社の時間を競争相手より速く進める経営技術だ。奥田碩の経営を一言で表すなら、これに尽きる。遅さは、企業をゆっくり殺す。