こうした日々の中で、自分が見つけたささやかな楽しみが「ドーナツ」だったと語る場面があります。笑えるシーンであるとともに、その後、伝えようとしている本題にフックをかけるキーワードでもありました。

 このスピーチの中で、一番有名かつ象徴的なメッセージがこちらです。

「皆さんも、自分だけのドーナツ、つまり、夢中になれるものを見つけてください」

 過去の失敗談、孤独な学生時代を語っていたことが、ここで初めて意味を持ちます。

 単なる過去の話ではなく、聴衆の未来に向けたメッセージへと、うまくブリッジングされているからです。

 さらに、後半では、こんな失敗談も語られます。

「子どもの頃の夢は、タクシードライバーだった」

 やがて、トヨタの社長となり、リコール問題では、アメリカ・ワシントンの公聴会で自ら証言台に立つことになります。その当時の心境を、これまた上のセリフと呼応させて「本当にタクシードライバーになっていればよかったと思った」と語り、会場の笑いを誘いました。

 重い話題でさえ、少し視点をずらし、言葉を選んで、笑いに変える。ここに、一目置かれるリーダーの話す力があるのではないでしょうか。

「未熟だった頃の自分」を自己開示して語り、そこでの失敗を「笑い」に変える。

 豊田章男氏のスピーチが多くの人の心をつかみ、称賛を集めたのは、まさにここに「人を動かす言葉の本質」があったからなのです。

数字を「ストーリー」に変える
元ソニー社長・平井氏の話し方

 トップが売上目標や経営計画について語るとき、「数字」から逃げることはできません。しかし数字を語ろうとすると、ただ羅列するだけでは、意図や熱量がうまく伝わらないということが起こります。

 理由は明白で、数字だけを語ってしまうと、全体を把握する「文脈」が弱まってしまうからです。

 聞き手が数字よりも、イメージやストーリーを好む右脳派タイプだったら、あなたが正確さを期するために準備した数々の数字は、何の印象も残さないかもしれません。

 しかし、数字を扱いながらも、しっかりと相手にストーリーを印象づけることができるトップリーダーもいます。それが、ソニーの元社長・平井一夫氏です。