毎年100冊以上の本を読んでいた人が、わずか2年で50冊しか読めなくなった。仕事が忙しくなったわけでも、本への興味を失ったわけでもありませんでした。『100歳アイ』(伊勢屋貴史著)の著者で眼科医の私自身に起きたこの変化。その原因をたどると、40代から始まる「目の老化」の意外な影響が見えてきました。
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43歳までは毎年100冊以上読んでいた
私は小さい頃から本が好きで、ずっとかなりの読書量を維持してきました。
43歳までは、年間100冊以上。それが普通でした。
ところが44歳になると、80冊になった。そして45歳には、ついに50冊まで落ちてしまいました。
半分です。
最初は、仕事が忙しくなったからだと思っていました。眼科医ですから診療もありますし、ほかにもやることはたくさんあります。
でも、2年続けて100冊に届かなかった。
「これは仕事だけの問題じゃないぞ」
そう思ったとき、眼科医である私はようやく、自分の目を疑いました。
老眼です。
老眼になると「読めなくなる」とは限らない
ここが、老眼について多くの人が勘違いしているところだと思います。
老眼になったら、文字がぼやけて読めなくなる。そう思いますよね。
でも、初期にはそんなにはっきりした変化が起きるとは限りません。
読めるんです。
私も読めていました。だから自分が老眼だとは思っていなかった。
ただ、以前より一冊を読み終えるまでに時間がかかっていた。気づかないうちに読むスピードが落ち、長く読むことが少しずつしんどくなっていたのです。
「最近、本を読む集中力がなくなったな」
「昔ほど本が面白く感じられないな」
そんなふうに考えていましたが、知的好奇心が急になくなったわけではありませんでした。
単純に、「読む」という行為そのものに、以前より負荷がかかっていたのです。
「読まなくなった」と「読みにくくなった」は全く違う
ここは、とても大切な違いです。
「本を読まなくなった」
と思うと、人は自分の変化を気持ちの問題として捉えます。
「年を取ったからかな」
「集中力が落ちたんだな」
「もう昔ほど知識欲がないのかもしれない」
でも、
「本が読みにくくなった」
のであれば、話はまったく違います。
見え方を整えればいいからです。
私は眼科医だったから、読書量が半分になったところでようやく気づくことができました。でも、眼科医ではない人なら、「最近、本を読まなくなったな」で終わってしまうかもしれません。
読書量が半分になることの本当の怖さ
本を一冊読まなかったからといって、人生が急に変わるわけではありません。
でも、年間100冊読んでいた人が50冊になる。
それが10年続いたら、500冊です。
500冊の中には、仕事のやり方を変えた一冊があったかもしれない。新しい趣味を教えてくれる一冊があったかもしれない。人生の方向を変える一行があったかもしれません。
老眼が奪うものは、小さな文字を見る力だけではない。
本人が気づかないうちに、「知る」「学ぶ」「出会う」という行動そのものを少しずつ減らしてしまう可能性があります。
40代になって本を読まなくなったなら、「自分も年を取ったな」と片づける前に、一度だけ目の状態を疑ってみてほしい。
私は年間100冊から50冊になって、ようやくそれに気づきました。






