結婚直後に早くも試練~夫が織田家を追放される

 ところが、幸せな新婚生活は長く続きませんでした。

 長女が生まれた永禄2年、利家は「笄斬り事件」を起こし、織田信長から追放されてしまったのです(参考記事)。結婚したばかりで、幼い娘を抱えたまつにとって、夫の突然の失脚は、大きな試練だったことでしょう。

(C)NHK前田利家の妻、まつ (C)NHK 拡大画像表示

 2年後、利家は帰参を許され、夫婦は清洲城下で暮らすようになりますが、そこで隣人だったと伝わるのが、木下藤吉郎、のちの豊臣秀吉と妻のねねでした。

 秀吉・ねね夫婦と若い頃から家族ぐるみの付き合いが続いたことが、のちの前田家と豊臣家の深い結びつきにもつながっていきます。

2男9女を育てた「戦国屈指の肝っ玉母さん」

 まつは子宝に恵まれた女性としても知られています。長女の幸、長男の利長をはじめ、簫、麻阿、豪、与免、利政、千世など、多くの子どもを育てました。史料では利家との間に2男9女をもうけたとされており、戦国時代でも、かなりの子だくさんです。

 娘たちの人生も華やかで、三女の麻阿は豊臣秀吉の側室となり、四女の豪は秀吉の養女となって、のちに宇喜多秀家へと嫁ぎます。

NHK大河ドラマ『豊臣兄弟!』より (C)NHK利家とまつの娘、豪姫(左、演:福地美晴)は、秀吉とねね(右、演:浜辺美波)の養女となった。『豊臣兄弟!』第32回より (C)NHK 拡大画像表示

 一方、利家には側室も複数いたため、前田家にはさらに多くの子どもたちが存在しました。まつは正室としてその大家族を支える中心的な存在だったのです。