「年齢を重ねるにつれて、友達が減ってきた」と感じる人は少なくない。仕事や家族、住む場所が変われば、人間関係が変化するのは自然なことだ。しかし、同じように友達と会う機会が減っても、強い孤独を感じる人と、そうではない人がいる。その違いは、友達の「数」だけにあるわけではない。では、友達が減っても孤独になりにくい人は、どのように状況を受け止めているのだろうか。『人生は気づかぬうちにすぎるから。「自分第一」で生きるための時間術』の内容をもとに考えてみよう。(構成/ダイヤモンド社書籍編集局)
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「孤独感」を自分でコントロールする
「最近、友達と会う機会が減った」
「以前のように、気軽に連絡できる相手がいない」
年齢を重ねるにつれて、そんな寂しさを感じることはある。
仕事や住む場所が変わる。結婚や子育て、介護などで生活が変わる。
若い頃と同じように、頻繁に会える関係を保つのが難しくなるのは、決して珍しいことではない。
しかし、友達が減ったときに、「もう自分には誰もいない」「これから先、ずっと一人なのだろう」と考えてしまう人もいる。
たしかに、人と会う機会が少なくなれば不安になるのは自然なことだ。
だが、一時的な関係の変化を、自分の人生すべての問題のように受け止めてしまうと、孤独感はさらに大きくなる。
大切なのは、今ある状況を必要以上に悲観しないことだ。
友達の数が変わったとしても、これまで築いてきた関係や、この先に生まれるつながりまでなくなったわけではない。
「認知の歪み」とうまく付き合う
そのヒントになるのが、次の考え方だ。
認知の歪みには「破滅的思考」と呼ばれるものもある。これは、特に私たちを消耗させやすい。ある状況において考えられる最悪の事態を予想したり、出来事を実際よりもはるかに悲惨なものとみなしたりしてしまう考え方である。
誰かの名前を忘れただけで認知症になったと思ったり、熊に襲われるに違いないと思い込んでハイキングに行くのが怖くなったりしてしまう。
その結果、さらに状況は悪化する。物事を悪いほうにばかり考えていると、実際にその通りになりやすい。心の中ですでに悪いことが起こっていて、それが何度も何度も果てしなく繰り返される。
(~中略~)
まずは、認知の歪みはその名の通り「歪んだ考え」であるということを理解するところから始めよう。それは、現実に基づいていない考えであり、役に立たない思考である。不合理な思考が頭に入り込んできたら、「これは認知の歪みだ」のようにラベルを貼ることで、客観的に対処しやすくなる。その一環として、正反対の考えを持ってみよう。
たとえば、認知の歪みのせいで過去の失敗のことばかりが浮かんでくるなら、過去の成功体験を思い出そう。負けることばかりでなく、勝つことを考えよう。人生には喜びと悲しみの両方がある。悪いことばかりではないのだ。
友達が減ったときに大切なのは、「今、人と会う機会が少ない」という事実と、「自分はこれからずっと一人だ」という予測を、分けて考えることだ。
前者は、生活の変化によって起こりうる現実である。
だが後者は、まだ起きていない未来を悲観しているにすぎない。ここを混同すると、連絡してみようと思っていた相手にも「迷惑かもしれない」とためらい、新しい集まりにも「どうせ馴染めない」と足が遠のく。
そうして、自分からつながりを減らしてしまうことがある。
友達が減っても心をすり減らしにくい人は、寂しさを感じない人ではない。
寂しいと感じながらも、その気持ちだけを根拠に、人生全体を悪いものだと決めつけない人である。
「もう誰もいない」と思ったときは、これまで自分を気にかけてくれた人や、楽しく過ごせた時間を思い出してみよう。
そして、「今は会う機会が減っているだけかもしれない」と、別の見方を一つ加えてみる。
不安な考えを事実として受け取らないこと。
それが、人とのつながりを自分から閉ざさずにいるための、最初の一歩になる。






