「性格は生まれつき決まるもの」「自分らしさは変わらないもの」――そう考えている人は多いだろう。しかし、その常識を覆した、世界的に有名な事故がある。この衝撃的な事例は、認知症を理解するうえでも重要なヒントになるという。元オックスフォード大の医学研究者であり、「糖と脳」の専門家として知られる医師・下村健寿氏の著書『糖毒脳――いつまでも「冴えた頭」でいるために知っておきたいこと』をもとに、その理由を紹介する。(構成/ダイヤモンド社・石井一穂)
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フィニアス・ゲージ氏の悲劇と奇跡
1848年、アメリカの鉄道建設現場で、フィニアス・ゲージという若き作業監督に信じられない事故が起こりました。
ダイナマイトの爆破作業中、長さ約1メートル、重さ6キログラムもの鉄の棒が彼の頭を目がけて飛んできて、左の頬から脳を突き抜け、頭頂部へと貫通したのです。
想像を絶する光景ですが、驚くべきことにゲージは一命を取り留めました。
意識もはっきりしており、事故後すぐに自分で立ち上がり、話すことさえできたというのです。まさに「奇跡の生還」でした。
世界の科学者たちを驚かせた「豹変」
しかし肉体的な快復は早かったものの、事故後、ゲージの性格は激変してしまいました。
以前は勤勉で責任感が強く、人望も厚かった彼が、事故後は無礼で衝動的、約束を破りがちで、まるで別人のようになってしまいました。友人たちが「もはやゲージではない」と嘆いたほどです。
この劇的な変化は、当時の科学者たちに大きな衝撃を与えました。
この事例が、それまで漠然としていた「脳の損傷が人間の性格そのものを変えうる」という概念を明確に証明したからです。
とくに、前頭葉の損傷が計画性や社会性、感情の抑制といった高次機能に深く関わっていることが示唆されたのです。
「私らしさ」の正体
認知症では記憶が失われるだけでなく、ときに性格が変わってしまったり、感情のコントロールが難しくなったりすることがあります。
これは脳の特定の部分、とくに前頭葉を含む領域が徐々に萎縮したり、機能が低下したりすることと深く関係しています。
ゲージのケースは、突発的な事故による脳の破壊が性格を変えた例ですが、認知症の場合はゆっくりと時間をかけて脳の「変容」が進み、それが人格の変化として現れると考えられています。
私たちの「自分らしさ」が、いかに脳という物理的な器官に支えられているかを、この事件が物語っています。
福島県立医科大学卒。同大副理事、医学部病態制御薬理医学講座主任教授。現役内科医でもある基礎医学研究者。日本糖尿病学会東北支部学術評議員。日本内科学会認定内科医。医学博士。群馬県前橋市出身。2004年、日本で働いていた大学医学部から、英国オックスフォード大学への就職を試み、執念の就職活動を実らせて成功。オックスフォード大学正式研究員として、世界を代表する生理学者フランセス・アッシュクロフト教授の薫陶を8年間受けた。その間、新生児糖尿病治療法の発見という世界的快挙に貢献。新生児糖尿病の最重症型であるDEND症候群の脳神経症状治療有効例を報告した論文は米国神経学会誌「Neurology」よりEditorial論文に選出された。貢献を認められて2006年と2010年にオックスフォード大学メリット賞を2度受賞。日本帰国後は、新生児糖尿病に加えて肥満・2型糖尿病などの生活習慣病について、インスリン分泌や脳機能の観点から研究している。








