指導する男性と話を聞く2人の男性写真はイメージです Photo:PIXTA

知識量では劣る人の方が、結果として多くを伝えられることがあるという。「知っている」だけでは人は教えられない。では、何が「教える力」を左右するのか。※本稿は、パーソナルトレーナーの清水 忍『一流を支えるトレーナーの最強の教え方』(幻冬舎)の一部を抜粋・編集したものです。

叱咤する前に
自分の指導力を疑ってみる

 私はトレーナー養成学校の最初の授業で、学生たちにこう言います。

「もし指導者から『何回言ったらわかるんだ』と言われたら、『何回言ってくれたら私は理解できるんですか?』と聞き返しなさい」

 もちろん、本当にこんな生意気な口を利けというわけではありません。これは将来、指導者になる彼らへの戒めです。自分がそう言われないように、指導力を上げてほしいという思いなのです。

「相手が理解できないのは、自分の教え方に欠陥があるのではないか?」

 そう自問自答できるかどうかが、プロの指導者の分水嶺です。相手が理解し、自分のノウハウとして使いこなせて初めて、「教えた」と言えるのです。

 みなさんは「薔薇」という字が読めるでしょう。しかし、何も見ずに書けますか?読めるのに書けない理由は、「なんとなくの雰囲気」で覚えているからです。すなわちわかっていないからです。構造や成り立ちを根本からわかっていれば、忘れようとしても忘れられず、スラスラ書けるはずです。わかっていなければ当然、人に教えることもできません。

 指導現場でも同じことが起きています。「なんとなく知っている」程度の知識では、相手に上手に教えることはできません。

 私は教え子たちに伝えています。

「新しい知識を増やすより、今持っている知識を『わかっている(説明できる)』状態にする勉強の方が、100倍重要だ」

「知っている」と「わかっている」の境界線は、「原理を説明できるか」にあります。後にバイオメカニクス(生体力学)を学んだ私は、幼い頃になぜコントロールが悪かったのかを、力学的に分析できるようになりました。原理を理解した上で、試しに利き腕ではない「左手」で投げてみたところ、自分でも驚くほど正確なコントロールで投げられたのです。

 あのときの監督に足りなかったのは、熱狂的な叱咤ではなく、「なぜ制球が乱れるのか」という原因の説明と、それを修正する「具体的な動作の提案」でした。

 相手の能力を伸ばすには、気合ではなく、ロジックが必要です。

知識がどれだけあっても
伝える能力がなければ活かせない

 私は20年ほど前から、「教える能力は、『知識・実技などの能力』と『伝える能力』のかけ算で決まる」と言い続けています。

 知識・実技能力の満点を100点とします。Aさんは90点という申し分ない実力の持ち主ですが、伝える能力は60%。せっかくの知識も6割しか相手に届きません。

 一方のBさんは知識・実技能力的には80点とAさんに劣りますが、伝える能力が70%あります。