『ADHDの母が伝えたい 生きづらい女の子が覚えておきたいこと』(なちゅ。著/ダイヤモンド社)の医療監修を務める医師・本田秀夫氏に、発達障害の「本当のところ」を聞くインタビュー。今回は、なぜ発達障害の特性を持つ人が、以前より社会からはじき出されやすくなったのかをひもといていく。(構成/藤田美菜子、ダイヤモンド社書籍編集局)

本田秀夫先生

「丁寧な指導」が子どもを追い詰めている

――発達障害による「生きづらさ」を抱えている人は、以前より増えているのでしょうか。

本田秀夫(以下、本田) 発達障害の特性を持つ人が人口に占める割合は、あまり変わっていないと思います。けれど、社会的にそういう人がはじき出されやすくなっている、とは言えるのではないでしょうか。

教育の現場を見ていると「子どもは早くから鍛えると、ちゃんと育つ」という思い込みがあるように思えます。この「妄想」が広く共有されているために、あらゆる場面で子どもたちへの管理が細かくなっていると感じます。

その結果、昔より子どもは「飼いならされて」いる。それに適応する子どもも多い。けれど、発達障害を持つ子をはじめ、しつけに乗りにくい子は昔から一定の割合で存在する。そういう子どもたちが、はみ出しやすくなっているのです。

――具体的には、どのように「はみ出して」しまうのでしょうか?

本田 夏休みの宿題などはよい例です。僕が子どもの頃は、宿題は出るけれど「どうやりなさい」とは言われていないから、みんな好きなときに適当にやっていた。僕なんて、始業式の日にやっていました。

でも今は、あらかじめ学校で先生が計画を立てさせて、その計画表通りにやったかどうかで評価したりする。ADHDの特性を持つ子だと、この方式では3日で脱落します。

もし「どんな手を使ってもいいから、始業式までに間に合わせなさい」と言われていれば、始業式の前の晩に一気にやる子も出てくるはずです。それでいいじゃないか、と僕は思います。実際、追い込まれてから猛烈な集中力を発揮するのは、ADHDの人にとっては強みになる可能性すらあるわけですから。子どものメンタルも全く変わってくると思います。

――一見すると「丁寧な指導」が、裏目に出ているのですね。

本田 今の小学校では、足し算を教えるときに「さくらんぼ算」という方法を使ったりするでしょう。8+5を計算するのに、5を2と3に分けて、8に2を足して10を作り、残りの3を足す。ある意味、よく考えられた教え方と言えるかもしれません。

でも、教え方を高めれば高めるほど、その教え方に合う子だけしかついていけなくなるんです。そういうことがいろんな領域で起こっている。手放しで教育技術の進歩と言うわけにはいかないかもしれません。

「人に迷惑をかけるな」が最大のモラルになった

――どうして、そのような状況になっているのでしょう?

本田 為政者の立場からみると、日本は平成の30年ほどをかけて、教育改革に「成功」しました。何に成功したのか。上の立場の人から言われたことに「はい」と言える人を、確実に多数育てられるようになった。上の方針にどうしても合わない人がいても、主張や反抗をすることもなく、家に引きこもって静かに暮らしてくれるから、権力者の邪魔にはならない。そういう社会ができあがりました。

しかも巧妙なのは、ゆとり教育をやめて締め付けを強めながら、形の上では「子どもたちが自律的にルールを守っている」という体裁をとっていることです。それで何が起きるかというと、江戸時代の五人組のように、生徒同士がお互いをチェックし合うようになった。要するに、一人でもずれたらみんなが困るでしょう、と。そこで「人に迷惑をかけてはいけない」という価値観を、あえて育てているのです。

そうなると、「悪気なく迷惑をかけてしまう」発達障害の子どもたちは、みんなモラルに抵触することになるので、肩身をせまくして生きていくしかなくなってしまいます。

――それが「生きづらさ」の正体なんですね。

本田 だから僕は、今回なちゅ。さんが書かれた本『生きづらい女の子が覚えておきたいこと』が広く読まれて、発達障害を持つ人たちが「もっと自分の思うようにやっても平気なんだ」という考え方に目覚めることを期待しているんです。

発達障害の人は、世間体を気にするより物事の真理を追求しようとするところがあるから、もっと声を上げられるようになるかもしれない。そうなってくると、社会が変わる可能性もあると思っています。

[医療監修]
本田秀夫(ほんだ・ひでお)
医師・信州大学医学部教授
1988年東京大学医学部卒。医学博士。専門は発達精神医学。信州大学医学部子どものこころの発達医学教室 教授。信州大学医学部附属病院子どものこころ診療部 部長。長野県発達障がい情報・支援センター「といろ」センター長。