私が不正の報告を受けてからゴーン逮捕まで1ヵ月余りかかった。その間、何もせずに指をくわえていたわけではないが、外から見れば「いったい何をぐずぐずしていたのだ」と思われるかもしれない。
実はその間も東京地検特捜部の捜査が進んでいて、ゴーンの不正行為の一部が刑事事件に発展すると想定されていた。日産の事情だけを優先して動くことはできない状況にあったわけだ。
まずゴーン本人が日本にいないという問題があった。
もちろん毎月日本に来てはいたが、普段はフランスをはじめ海外を飛び回っていたのだ。次の訪日まで捜査当局がゴーンに接触するのは難しい状況で、日産としても表だって動くことはできなかった。
その頃、日産では1つの習慣として、会長の不在時は原則として毎週1回、経営会議の各メンバーがEメールでゴーンに近況を報告する決まりになっていた。
それぞれのメンバーがどれだけ忠実に報告していたのかまでは分からないが、単に会長への報告という義務のためだけでなく、自分自身の課題がどれだけ進んでいるかを定期的に確認するという意味合いもあって、私は毎週A4の紙1枚分ほどのメールをゴーンに送っていた。
この習慣は私がゴーンの不正を知らされた2018年10月に入っても変わらず続けていた。急に報告をやめてしまっては、なにか異変が起きたのかとゴーンに気づかれてしまう恐れがあったからだ。
最後に彼と会った日
不正の報告を受けてからゴーン逮捕までの間に、私は一度だけゴーンに会っている。その時のことも書いておこう。
夏季休暇明けの9月から10月にかけては、もともとゴーンが日本に滞在する予定はなかった。
当時の状況から見て、会長のゴーンとはアライアンスの関係を来年以降どう進めていくか、年末までに論議を深める必要があった。そのため2人で話ができる時間をあらかじめ確保していた。時期は海外の移動の合間に当たる10月、場所は北アフリカ北西部のモロッコだった。
10月後半のある日、私はモロッコに向かい、同国最大の都市カサブランカのムハンマド五世国際空港に降り立った。同行者は当時私のエグゼクティブ・アシスタント(課長級)だった田中さんだけ。空港では欧州日産のセキュリティー担当者が1人で待っていた。







