新規事業を考えるとき、「これから伸びる市場はどこか」と探す人は多い。だが、成長市場に飛びつくだけでは、本当の価値転換にはならない。写真フィルム市場の縮小に直面した富士フイルムが見直したのは、市場ではなく、自社が積み上げてきた技術の意味だった。なぜ、その発想が化粧品や医療という新たな事業につながったのか。本稿では、顧客の状態から新しい価値を組み立てる方法を説いた書籍『ビジネスメイキング――売上と信頼が積み上がる「仕組みのつくり方」』から、富士フィルムの事例を抜粋して紹介する。
Photo: Adobe Stock
長い間、富士フィルム社は写真フィルムの会社として認識されてきました。実際、フィルムは生活の中で大きな意味を持っていました。写真を撮り、現像し、家族の記憶を残す。その行為を支えるのがフィルムでした。ところが、2000年代に入ると、デジタル化の進展によって、その前提が急速に崩れていきました。
もしここで、「どうやってフィルムを売り続けるか」だけを考えていたら、苦しい延命戦に入っていたはずです。しかし、同社が取り組んだのは、フィルムをどう守るかではなく、自分たちは何を持っている会社なのかを問い直すことでした。
そこで見えてきたのは、写真フィルムという商品そのものではなく、その背後にある技術の束でした。色を再現する技術、劣化を防ぐ技術、薄膜を精密に扱う技術、コラーゲンや酸化の制御技術―。こうした技術は、写真のためだけのものではありません。人の肌や医療、健康の領域でも意味を持ち得るものでした。
フィルムの会社から、品質を保ち、劣化を防ぎ、人の美しさや健康を支える技術の会社へと、自分たちの価値を意味づけし直したのです。この転換の本質は、多角化ではありません。意味の再定義です。自分たちの技術を写真フィルムという文脈だけでなく、別の顧客の状態に役立つ技術として捉え直しました。その結果として、新しい市場が見えてきたのです。
富士フイルムは「写真を残すためのフィルム」から「美しさや健康を支える技術」へと自社技術の価値の置き方を変えたのです。
ここで大事なのは、価値転換は「弱った市場から逃げること」ではないという点です。世の中では、成長市場に移ること自体が転換だと受け取られがちです。しかし、本質はそこではありません。大事なのは、自分たちが積み上げてきたものを、別の状態に対してどう意味づけし直せるかです。
もし同社が、ただ流行りそうな市場に飛びついていたら、それは転換ではなく移動にすぎません。そうではなく、自分たちの技術がどこで、誰の、どんな状態に対して役立つのかを掘り下げたからこそ、化粧品や医療の領域で意味を持ったのです。
つまり、価値転換とは市場の選び直しではありません。自分たちが持っている資源を、どの文脈に置き直せば意味を持つのかを考えることです。この順番が逆になると、表面的な新規事業になってしまいます。新しい価値を見つけるとは、流行りの市場に行くことではなく、自分たちの資源が、どこで、誰にとって、どんな意味を持ち得るのかを見つけることです。







