「消える乗客」は本当にいる?
タクシー運転手の見解は

 こうした困った乗客は、ある意味で「幽霊」や「お化け」よりも恐ろしい。

 タクシーの後部座席にいた乗客が突然消えて、シートが濡れていた……。そういう怪談話を聞いたことがある人もいるだろう。だが正直なところ、筆者にそうした経験はないし、周りのドライバーからもそういう話を聞いたことはない。

 シートが濡れている要因は、たいていは乗客がこぼした飲み物か、まれに粗相だ。これには別の意味で恐怖心を覚える。

 ただし実は、心霊体験ではないものの、不気味な乗客に出会って戦慄したことが一度だけある。

 深夜、湾岸の工場地帯に乗客を送り、都心へ戻る途中のことだ。街灯が少なく、暗い道で若い男性が手を上げているのが見えた。少し警戒しながらゆっくりと止まると、その男性は片方だけのハイヒールを手にして乗り込んできた。

 女性の連れがいると思い、しばらく待っていると「私だけです。ドアを閉めてください」と男性は言った。

 行き先を尋ねると受け答えはしっかりしていたので、不気味さは少し薄れた。目的地までの間、客は外を眺めたまま無言だった。着いた先は、お寺の墓地に隣接したアパートだった。

 また不気味さが募り、恐る恐る運賃を請求すると、その男性は「QRコード決済で」とはっきり答えた。やはり幽霊ではなく、生身の現代人のようだった。

 しかし、ドアを開けて降りた男性が向かった先は、アパートではなかった。お寺の塀沿いを歩いて墓地の方に向かい、そのまま見えなくなった。

 人気のない道で真夜中に乗車し、女性用のハイヒールを片方だけ持ち、墓地に向かっていく。この男性が何者だったのか、何が目的だったのか、今もわからないままだ。