皇帝や大富豪でも
買えなかった運命

 さて、運が人生の大半を決めるならば、どうすれば運を上げられるのか。

 こう聞きたくなるのが人情です。世の中には、その人情に応える商売が山ほどあります。開運グッズ、風水、パワースポット、金運の財布。占いも、姓名判断も、この列に並びます。

 僕の答えは、はっきりしています。運を上げる方法は、ありません。

 あるなら、とっくに歴史が証明しています。人類の誕生以来、無数の皇帝や大富豪が、ありとあらゆる祈祷と縁起かつぎに巨額を注ぎ込みました。それで運命を買えた人は、一人もいません。中国を作った不老不死の薬を探させた始皇帝も、死にました。運は、商品ではないのです。

 誤解のないように言えば、僕は神社にお参りする人や、お守りを持つ人を、ばかにしているのではありません。ああいうものは、気持ちを整える道具としては、立派に機能します。手を合わせると心が落ち着く。お守りがあると少し勇気が出る。それは本当でしょう。

 ただ、それは気持ちの効用であって、当たりくじの確率が変わるわけではありません。効用と確率を混同しなければ、神頼みも結構なことです。

 とはいえ、「運がすべてなのに、自分では何も現状を変えられないのであれば、何をしても無駄だ」という虚無に落ちる必要も、ありません。

こりゃ納得だわ…出口治明が考える「運」と「成功」に恵まれる人がやっていること出口治明さん近影 画像:扶桑社

配られた札で
最善手を考える

 運命論と虚無は、別物です。勝負事では、配られた手番の中で、最善の一手を探し続けるものです。人生も同じで、配られた札を嘆く時間があったら、その札での最善手を考えた方が、ずっと面白い。運を認めるとは、盤を投げることではなく、自分の受け持ちがどこからどこまでかを、正確に知ることなのです。

 運の大部分は、実は、あなたが生まれた瞬間に配られています。いつの時代に、どの国に、どの家に生まれたか。この初期条件だけで、人生の可能性の範囲は、おおかた決まってしまいます。戦乱の世に生まれるか、平和な時代に生まれるか。あなたにも僕にも、選ぶ余地はありませんでした。

 同じ日本でも、経済が伸び盛りの時期に社会に出た世代と、長い停滞の中で社会に出た世代では、見えた景色がまるで違います。個人の努力の差だと思われているものの少なからぬ部分は、実は世代の運、時代の運です。