「それを英語でも分かるように説明して」と言われても、たとえどんなに英語が堪能な人でも、そもそも「一億総活躍」の根本的な意味が分からないと説明のしようがない。この意味が分からなかった政策を推進する、内閣官房に別室として設置されていた「一億総活躍」推進室は、2021年11月に廃止された。
ここまでは英語にすることでその意味が鮮明になる例を挙げたが、日本語の「阿吽の呼吸」などはどう訳せばいいのだろう。意味としては“perfect harmony”などと訳せても、その背景にある日本語の、あるいは日本人の精神的ニュアンスはなかなか伝わりにくいであろう。
純粋な英語表現ではなく、カタカナ英語やいわゆる和製英語として使われている英語は、かえって本質をあいまいにしやすい。たとえば「われわれも積極的にサポートしていく」という表現は一見前向きに見えるが、「支援していく、助ける」と言い切った表現に比べると腰が引けている感がある。
さらに「経営危機に資金面で支援する」と言ってしまうと、言質を取られて「実際に金を出す義務」が生じてしまうかもしれない。しかし「フィナンシャルの面でサポートしていく」となれば、「お金が回らない状況の際に、相談に乗ります」程度のイメージにはなるのではないか。
AI翻訳時代は「英語力」より
何を伝えるかが問われる
私は常々学生に、「10年後も社会と組織が手放したくない人材になろう」と(実は10年後は自分は引退しているかもしれないのに、偉そうに)呼び掛けている。コンピューターの発達で人工知能にできることが増えてくると、第6章で見た通り、人間は「作業」から解放され、新たな価値を生み出すような創造的な「仕事」に集中することができるようになる。そのとき、社会と組織から必要とされる人材とはどんな人物か、その条件を考えてみよう。
たとえば文書作成で言うなら、「どんな上手な字で書くか」や「文法的に正しいか」「うまい修辞で文章が面白いか、読みやすいか」などではない。最近のコンピューターは仮名づかいだけではなく文章の表現も校正してくれる。







