もちろん、アメリカ側もそのことは把握しており、だからこそ大統領自身が習氏を国賓として迎え、豪華な晩餐会を開き、「友人」と呼ぶのである。習氏にとって、米国から対等な大国の指導者として扱われ、その映像を国内向けに示せることには大きな政治的価値がある。

 これを中国国内で繰り返し流すことで、国内向けの正統性を補強する材料として利用できる。

 トランプ氏は、政策的に大きな譲歩をすることなく、習氏に大きな「恩」を与えることができたわけだ。

トランプの「個人外交」は本当に危険なのか?

 米中関係研究で知られるオーヴィル・シェル氏が、Foreign Affairsデジタル版に、米中首脳会談について「トランプ氏と習近平氏の首脳外交では米中対立の構造そのものは変えられない」と論じている。

 現在の米中関係は、米国が半導体や先端技術、中国が重要鉱物や供給網を使って相手を圧迫する「締め付け外交(chokehold diplomacy)」の状態にあり、首脳同士の友情で解決できるものではないという。

 シェル氏はさらに、トランプ氏が「習近平との個人的な関係」を過大評価していると批判する。トランプ氏は習氏を「偉大な指導者」「友人」と呼び、個人的な信頼関係によって大きなディールを成立させようとする。

 だが、習氏は感情を表に出さず、妥協を弱さと見なしやすい。5月の北京会談でも、トランプ氏が盛んに親密さを強調した一方、習氏は距離を保ち続けた、とシェル氏は指摘している。

 トランプ氏が「個人外交」を好むことに、シェル氏は批判的であり、その論にはたしかに説得力がある。

 だが、この論は物事を一方的に見過ぎている。トランプ氏が習近平氏との個人的関係に依存している面があるのは否定しないが、同時に、習氏にとってもトランプ氏との個人的関係が重要になる効果があるからだ。

 アメリカ議会もアメリカ国民も中国に対して厳しい見方をし、米軍は中国を長期的な軍事競争相手と位置づけている。その逆風の中で、トランプ氏だけが習氏に特別待遇を与えれば、「アメリカとの関係を安定させるためには、トランプとの関係を壊してはいけない」というインセンティブが生まれる可能性がある。