習近平Photo:Kent Nishimura/gettyimages

「中国人全員がスパイ化」は本当か?

 8月28日に中国全国人民代表大会(全人代=国会)常務委員会で、有事の際に国家主席が動員令を発する手順を規定した「国防動員法」の改正案が可決され、早くも10月1日に施行される。

 この法律について、「中国人が全員、戦争になれば動員される」「日本にいる中国人まで中国政府の命令で動く」といった情報もSNS上では飛び交っているが、そうした理解はやや行き過ぎである。

 今回の改正で重要なのは、中国が突然「総動員国家」になったことではない。中国は2010年に制定された旧国防動員法の段階ですでに、金融、交通、通信、エネルギー、医療、食糧、メディアなど、社会の広範な機能を、有事に国防目的へ転換する制度を持っていた。

 今回の改正の意味は、その既存制度を「現代戦」に対応できるように、データ、サイバー、新興技術、広範な人的資源、民間資産までを含む形に作り替えたことにある。

 習近平政権は2014年以来、反スパイ法、国家安全法、国家情報法、データ安全法などを相次いで整備し、平時から国民や企業を国家安全保障に組み込む制度を築いてきた。

 その平時の国家安全法制と有事の国防動員制度が、今回の改正によってより密接につながった。これは、中国が10年余りをかけて形成してきた有事の「人民総動員」体制を実現する「最後のピース」と言える。

もともと存在した「社会の戦時転換」

 改正国防動員法は全14章82条からなる。第58条は、18歳から60歳の男性、18歳から55歳の女性について、一定の場合に「国防勤務」を担う義務を定める。

 ここでは注意が必要だ。それは、この年齢区分と国防勤務義務が、2026年に新しく導入されたものではなく、2010年の旧法にもすでに存在していたことだ。同様に、交通運輸、郵政、通信、医療、食糧、建設、エネルギー、大型水利施設、民用核施設、報道機関などに国防勤務を課す制度も旧法から存在した。

 さらに重要なのが、金融、交通、郵政、通信、新聞出版、放送、情報ネットワーク、エネルギー、水源、医療、食糧、商業貿易などを必要に応じて「管制」する規定である。新法では第73条に置かれているが、これも基本的な仕組み自体は2010年法から存在していた。

 中国は今回初めて社会を「平時モード」から「戦時モード」へ切り替えられるようになったわけではない。その装置はすでにあった。

 中国政府自身、国防動員を、経済と社会の実力を国防実力へ転換する「平戦快速転換」、すなわち平時と戦時を迅速に切り替える仕組みとして位置づけている。問題は、今回の改正によって、この装置が現代戦に適応する形で大幅に更新されたことである。

「人・物・データ」をどう動員?10月1日施行で変わること

 今回の改正で最も重要な変更の一つが、民間における「徴収」の新設である。

 2010年の旧法が定めていたのは基本的に「徴用」だった。徴用とは、民間の施設や設備などを国家が一定期間使用する仕組みであり、使用後の返還を前提とする。

 これに対し、新法第63条では「徴収・徴用」となった。徴収は返還を前提としない取得も含んでいる。さらには、その対象として「交通手段」も明示されている。車両、船舶、航空機などまでが、国防目的へ組み込む法的根拠が拡張されたのである。

 第二は、人的動員である。旧法の第5章は「予備役人員の備蓄と召集」だったが、新法では「後備(こうび)兵員の備蓄と召集」へ改められた。

 これは単なる名称変更ではない。「予備役人員」よりも「後備兵員」の方が概念として広く、退役軍人だけでなく、兵役条件を満たす一般公民や一定の訓練を受けた者など、現役部隊へ補充できる人的資源全般を指している。

 動員可能な人的基盤をより広く捉える方向への変更である。