一方、現代では冷蔵技術の発達によって酸化を大幅に抑えることができます。低温で密閉保存することで、挽きたてに近い状態を長く保つことが可能になり、「三たて」という考え方にも新たな意味が生まれました。

そばの香りが生まれる?
その源流をたどると……

 ただし、それが唯一の正解というわけではありません。適度に熟成させた粉には、熟成粉ならではの豊かな風味があります。重要なのは、酸化を止めることではなく、酸化を管理することなのです。

 では、そばの香りはどこから生まれるのでしょうか。

 そばの香気成分を分析すると、100種類を超える揮発性化合物が検出されます。ヘキサナール、ノナナール、サリチルアルデヒドなどのアルデヒド類を中心に、アルコール類やエステル類、ケトン類が複雑に組み合わさり、あの独特の香りをつくり出しています。

 興味深いことに、その多くは本来、虫や菌などの外敵から身を守るための防御物質です。植物にとっては生存戦略として備わったものを、人間は「良い香り」と感じているのです。

 つまり私たちは、生命が生み出した防御の仕組みを、おいしさとして味わっていることになります。生命の働きそのものが、そばの風味につながっているのです。

 新そばが珍重される理由も、この流れのなかで理解できます。

 江戸時代には長期間保管された粉との違いが際立っていましたし、現代でも収穫直後ならではの魅力があります。「新そば」も「三たて」も、それぞれの時代の保存技術や製粉技術のなかで育まれてきた価値観なのです。

 今でも「挽きたてこそ最高」と語られることがあります。しかし実際には、温度や粒度(表面積)によって酸化の速度は大きく変わります。粉の状態や保存条件を無視して論じることはできません。

 確かなのは、まったく酸化していない粒は、意外にも風味が弱いということです。香りは酸化によって生まれる。そこに、そばという食べ物の面白さがあるのです。

「三たて」の検証をさらに一歩進めてみましょう。