文化になるものは
「中毒性」がある

養老 ただし、ずっと一人っきりになるのはあんまり良くないですね。一日中家にこもってゲームをするとか、せっかく友だちと一緒にいるのに一人ひとりが違うゲームをやっている、とか。

 親としては、頭から禁止するのではなく、ゲームとのいい付き合い方を子どもと一緒に模索していくしかないでしょう。子どもと一緒に親もゲームをやればいいんですよ。うまくできなくって、我が子を尊敬するようになる。

柳瀬 マンガやアニメはどうですか?

養老 よくマンガやアニメに中毒性があるって言いますが、中毒性があるということ自体が文化の特質です。中毒性がなかったら、それはまだ文化になっていない、一過性のものなんですね。新しく出てきて人々を夢中にさせるものは、そして文化になるものは、いつだって最初の頃は世の中から「やってはいけません」と叩かれる。

『虫とマンガと日本人 養老孟司のキャラクター論』書影『虫とマンガと日本人 養老孟司のキャラクター論』(養老孟司、柳瀬博一 PHP研究所)

 時代を遡れば、二宮尊徳は「本を読んでばかりいないで、働け」と叱られました。テレビが普及したときは、ジャーナリストの大宅壮一さんが「一億総白痴化」と批判しました。今は、どちらも当たり前の存在になっているでしょう。

柳瀬 それどころか、最近の子どもは本を読まない、最近の子どもはテレビを見ない、と出版社やテレビ局が嘆いてますね。

養老 マンガもアニメもゲームもそうなる時代が来るかもしれない。時代が変われば、新しい遊び、新しいメディアが社会の中心になりますから。

柳瀬 養老さんはこれまで登場した文化、メディア、どれも捨てずにずっと楽しんでますね。

養老 マンガもゲームも本もテレビも。映画も今じゃ自宅で簡単に見られるしね。どれも死ぬまで卒業できない。文化の中毒性に全部はまっているわけです。