将棋の才能とは何か。生まれつきのものなのか。
これについてはいろいろな機会に私も聞かれることがあるが、確かなことはわからない。私と藤井さんに共通することとしては、将棋を覚えた時期が幼稚園から小学校低学年までの早い時期だったことだ。これはプロ棋士のほとんどに共通することで、将棋は遅くとも10歳ぐらいまでに始めないとプロの上位棋士にはなれないと言っていいだろう。
他にも共通点を挙げれば、負けず嫌いということだろう。負けず嫌いに関しては、私も若い頃は相当だったと思うが、私との指導対局の後で大泣きした藤井さんもかなりのものであったことは確かだ。
対局後のタクシー車内で
「大盤」解説が始まる
2023年、伊藤匠さんが初めてタイトル戦に登場した第36期竜王戦7番勝負。その第2局は、京都の仁和寺で行われ、私は立会人を務めた。
対局後、対局者は大盤解説会場に向かい、ファンに向けて挨拶をした。その後、藤井さんと同じタクシーで仁和寺に戻るのだが、せっかくなので車内で、控え室で検討されていた手順について聞いてみた。
すると、疲れたようにうつむいていた藤井さんは顔を上げ、実に楽しそうに語り始めた。
「その変化も読んだんですが、ずっと先で容易じゃないんですよ」
そこからは将棋の話一色だった。
「その手は、20手ほど先に打ち歩詰めになる変化があるんですよ」
そんな話が次々に飛んでくる。まるで、やっと話の合う相手を見つけたかのようだった。
もちろん、タクシーの中に盤駒はない。しかし、プロ棋士は棋譜を口にするだけで局面を共有できる。とはいえ、自分が指した将棋でもないと、途中から頭の中で盤面を追い続けるのはなかなか大変である。
「しまった。ついていけるだろうか」
私は半ば後悔しながら、熱く語る藤井さんの解説に耳を傾けることになった。
藤井さんはますます楽しそうに、
「そうなんですよ。打ち歩詰めの変化があるので、選ばなかったんですよ」
と検討を続ける。終局直後の率直な思考に触れられたことは、私にとっても忘れがたい貴重な経験であった。ところが、話はそれで終わらなかった。
対局後も頭の中の将棋盤で
駒が動き続けている
『名人論 稀代の天才たちはいかに戦ったか』(谷川浩司・PHP研究所)
感想戦の後、打ち上げ会場に着くと、藤井さんは私の斜め前あたりの席に座っていた。私が乾杯の音頭をとり、食事を始めようかと思った矢先、藤井さんが話しかけてきた。
「先ほどの変化ですけど、やっぱりその変化でも私が勝ちのようですね」私は驚いた。つい先ほどまで指していた将棋の、それもかなり先の変化について、まだ考え続けていたのである。
どうやら、私が指摘した変化に踏み込んだ場合の局面を、和服を着替えている間も検討していたようだ。改めて読み直してみて、それでも勝勢だった――そのことを伝えてくれたのである。
つまり、タクシーを降りてから対局室で感想戦をして打ち上げに至るまで、藤井さんの頭の中では、ずっと将棋盤で駒が動き続けていたのだろう。こと将棋の局面になると、考えることも、その考えを語ることも、藤井さんにとってはまったく苦ではない。むしろ、それ自体が喜びなのだ。そんな一面を垣間見た出来事だった。







