総予測2026Photo by Yoshihisa Wada

囲碁界は2016年、“人類超え”の囲碁AIにのみ込まれ、AIの急速な進化を目の当たりにする社会を先取りしている。その後、棋士たちは「どのAIに課金するか」「AIの答えをどこまで取り入れるか」という選択を迫られ続けてきたのだ。そこで、囲碁AI研究の第一人者である大橋拓文七段と、16年の時点でAIによる技術的失業を見据え、ベーシックインカムの必要性を訴えてきた井上智洋・駒澤大学経済学部准教授の対談が実現。特集『総予測2026』の本稿、対談前編では、AIが進展する26年以降のビジネスパーソンの“生存戦略”を議論する。そのヒントは、世界トップ棋士が時に「AIの最善手」を捨てる理由にあった。(聞き手/ダイヤモンド編集部 永吉泰貴)

AI通の棋士と経済学者の異色対談
社会の未来を先取りした囲碁界の変化

――2人は囲碁のプロ棋士とマクロ経済学者ですが、なぜAI分野にも関心を持ったのでしょうか。

大橋拓文七段おおはし・ひろふみ/1984年東京都生まれ。2002年入段、21年七段。囲碁のプロ棋士として活動する傍ら、電気通信大学客員教授としてAI研究にも取り組む。19~20年には囲碁AI「GLOBIS-AQZ」のテクニカルアドバイザーを務めた。22年、囲碁入門アプリ「囲碁であそぼ!」を監修。25年11月、第2弾となるAIサポート付きの次世代囲碁アプリ「囲碁シル」をリリース。趣味はピアノ。著書に『よくわかる囲碁AI大全』『万里一空 大橋拓文詰碁集』など。 Photo by Y.W.井上智洋・駒澤大学経済学部准教授いのうえ・ともひろ/1975年東京都生まれ。97年慶應義塾大学環境情報学部卒業。IT企業勤務を経て早稲田大学大学院経済学研究科に進学し、2011年に同大学で博士号を取得。15年に駒澤大学経済学部講師、17年から同大学准教授。専門はマクロ経済学。16年に『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』を執筆し、AIによる技術的失業に備えたベーシックインカム導入の必要性を唱えてきた。著書に『純粋機械化経済』『AI時代の新・ベーシックインカム論』など。 Photo by Y.W.

大橋 私は元々コンピューターや数学が好きで、棋士になってからもAIへの関心はずっとありました。

 転機となったのは、2011年3月の東日本大震災です。9路盤(9×9の小さな碁盤)で最強コンピューターと対戦する予定だったイベントが中止になり、「やりたいことはやらないと後悔する」と痛感して、人生観が一変した。囲碁と掛け合わせて本気で取り組めるテーマとして、真っ先にAIが浮かびました。

 その後、電気通信大学の囲碁プログラマーのコミュニティーに参加しました。電通大はAI研究の拠点の一つで、12年ごろから小さな盤の最強コンピューターが常駐していたので通って研究を進めていました。

 16年にアルファ碁が世界トップ棋士のイ・セドルさんに勝ち、17年には柯潔さんにも勝利した。私は柯潔さんが対局中に席を外して涙を流した場面に近くで立ち会い、囲碁AIの開発者たちの熱量にも触れる中で、AIを人の物語として体感できた。その経験が、今もAIに関心を持ち続けている理由です。

井上 私は経済学よりAIが先でした。慶應義塾大学環境情報学部でコンピューターサイエンスを学び、AI系のゼミにもいました。卒業後はIT企業でシステムエンジニアになりましたが、向いていないと感じて退職しました。

 その頃に芽生えた問題意識が二つあります。一つは、経理システムを作りながら「経理の仕事が減るのでは」と考え、ITの進展がもたらす技術的失業に関心が向いたこと。もう一つは、日本で長引くデフレ不況をなぜ解決できないのかという疑問です。そこで大学院に進み、経済学を学び始めました。

 13年にレイ・カーツワイルさんの『ポスト・ヒューマン誕生』を読み、半信半疑ながらも「シンギュラリティは本当に来るかもしれない」と感じた。そこで14年に、AI普及に備えてベーシックインカムのような制度が必要だという趣旨の記事をネットで発表し、16年に『人工知能と経済の未来 2030年雇用大崩壊』を出版しました。

大橋 井上先生が16年から「2030年に雇用が崩れる」と唱えていたのは本当にすごいと思います。当時の棋士は、せいぜい「囲碁AIが棋士を超えるのは10年先」くらいの見立てでしたから。

井上 その頃はまだAI失業の現実感が薄く、批判も多かったです。ただ、今となってはかなり現実味を帯びてきたと思います。

――26年以降、日本でAIによるリストラや失業は進むでしょうか。

井上智洋・駒澤大学准教授は、26年以降にAI失業が進む見通しとともに、AIを使いこなせる人が活躍できる期間は「せいぜいあと5年くらい」と指摘した。大橋拓文七段は「囲碁界がすでに通ってきた道だ」と応じ、囲碁AIが人類超えを果たして以降の8年間に起きた変化を語る。世界トップ棋士がAIの最善手を時に捨てる理由に、AI時代を生き抜くヒントが隠されていた。