「させていただく」よりひどい
謙譲語「あげる」の丁寧語化

「させていただく」は謙譲語表現です。「自分の行為を低めることによって相手を高めて敬意を示す」表現です。

 しかし、(1)(2)は謙譲語のオーバーな表現として、(3)はそもそも謙譲語を使う必要のないときに、「させていただく」を使っている点が不自然なのです。困ったものだと言いたいところですが、実は、もっととんでもないことが起こっているのです。

 それは、謙譲語の世界で起こっています。謙譲語「あげる」が丁寧語化しているとの指摘が、ずいぶん以前からされてきました。

「赤ちゃんにミルクをあげる」「ペットに餌をあげる」という表現に違和感をもたない人が多くなっています。この現象について、「あげる」が「やる」の謙譲語だという意識はなく、「やる」がぞんざいな語だから「あげる」をその丁寧語として使っているという解釈があります。

 つまり、「あげる」は謙譲語ではなく丁寧語だという説です。謙譲語であった「あげる」が丁寧語になったという解釈です。

 この考え方が、謙譲語全体に及べばどうなるでしょうか。謙譲語がすべて丁寧語化するということです。

 もちろん、ある日、突然そうなるのではありません。まず、人々が意識の中で、謙譲語が「自分の行為を低めることによって相手を高めて敬意を示す」という役割認識をなくしていくのです。そして、謙譲語を単なる“丁寧な言葉”と認識していくというストーリーです。

「自分を下げて相手を立てる」
消滅の危機にある“謙譲の意識”

 謙譲語は、ずいぶん以前から危うい存在になっています。

 謙譲語の形式に「お(ご)~する」と「お(ご)~いただく」がありますが、その誤用として次のようなものをよく見かけます。

・くわしくお話ししていただいたので、よく理解できました。
・社内をご案内していただき、ありがとうございました。

 正しくは、「お話しいただいたので」とか「ご案内いただき」とすべきです。ところが、「お(ご)~して+いただく」という形になってしまっています。