トイザらス日本進出は「黒船来襲」
規制緩和の象徴だった
トイザらスの源流は、1948年に米国で開業したベビー家具店だ。創業者のチャールズ・ラザラス氏は、ベビーブームを背景に「子どもの数だけおもちゃは売れる」と予測し、街の小さな店から一大チェーンへと業態転換を進めた。1950年代後半に、スーパーマーケット方式の店舗運営を導入。当時、米国ではマイカーブームも起きていた。
郊外に大型店舗を構え、客がマイカーで来訪するビジネスモデルを生み出した。問屋を通さず、メーカーから大量仕入れを行い価格も引き下げた。1957年には店名を「Toys “R” Us」に改めた。
この手法で1980年代以降は海外進出も加速した。1991年に日本で第1号店がオープン。トイザらスの日本進出は、大規模小売店舗法の規制緩和を象徴する出来事としても注目された。
約5年で同社は、日本最大の玩具チェーンに成長した。問屋が小売店に商品を卸していた日本の玩具業界にとって、まさに「黒船来襲」だった。
しかし2000年代に入ると、米国内外で競争が激化。米国では、ウォルマートやターゲットなど大手小売チェーンがおもちゃ販売を拡充した。決定的だったのが、ネット通販の台頭だ。トイザらスのビジネスモデルは行き詰まり始め、ネット対応にも遅れた。
2005年、米トイザらスは投資ファンドに買収され経営再建に取り組むことになる。リーマンショック後は、世界でデジタル化が加速。同社もネット通販の強化に取り組んだが、財務面に難があったため次世代投資の余力を奪った。
米トイザらスはリストラを余儀なくされ、2017年に日本事業は、米本社が過半を持ち、香港のコングロマリット企業も出資するトイザらス・アジアに移管された。同年9月、米本社は連邦破産法11条(チャプター・イレブン)の適用を申請。2018年3月、米国事業の清算が決まった。
日本トイザらスは、小型店の出店や大人向けのキダルト(ホビーを楽しむ大人)分野への進出などで巻き返しを図ったが、完全復活は困難だった。







