国会でも野党が「税は、予算は国民のためのものでありまして、政党のものではないことはもちろんでありますし、またこのように批判勢力を強圧的に恫喝しようとする、こういう手法は民主政治を破壊するものにほかなりません」(第139回国会 衆議院 内閣委員会 第1号 1996年12月5日)と苦言を呈している。
このような事実から導き出されるのは、自民党議員の中には、どんなに身内や世間から批判が寄せられようとも、「応援しない自治体の予算カット」を断行すべきと考える人々が一定数存在していたということだ。
そして今回、簗大臣がなんの悪びれることなく支持者たちの前で語っているということは、このような「報復カルチャー」が現在も党内の一部に残っているのではないかとの疑念は拭えない。
あのどこか不貞腐れたようにも見える対応からは、「なんでオレだけが」と言いたげな不満さえ感じさせる。
このように「応援しない自治体の予算カット」というのは、簗大臣個人が編み出したスキームではない。はるか昔から自民党内では、当たり前のように存在していたものだということがわかっていただけたと思う。
だが、次に気になるのはどこまで「実効性」があったのかということだろう。
この件についても30年前、自民党の人事や選挙など党務を統括している加藤紘一幹事長が興味深いことを公の場で述べている。自民党内で「総選挙で新進党が大勝した地域は予算を減らすべきだ」との発言が相次いだ際、加藤氏は記者会見でこんな風に語ってている。
「小選挙区制だと、こういう意見が出てくるのは避けられない」
そして、「予算は国民のためにあるもので、報復というようなことはしない」と前置きしつつも「(予算編成の)個所づけや重点の置き方で、より接触の度合いが強いところの意見が反映されることはあり得る」と、選挙結果が予算配分に影響する可能性を暗に認めるような発言までしているのだ。(朝日新聞1996年11月28日)
先ほども述べたように、2026年の政治家・官僚のモラルに比べて、1996年の政治家・官僚のモラルが特段ひどかったわけではない。政党が予算を私物化するなんてとんでもないという常識的な声があふれる中で、自民党の最大権力者が「あり得る」と述べたことの意味は大きい。
「報復」は自民党だけ?
30年変わらない政治の正体
さて、このような話をすると「やっぱり自民党は腐っている」と憤慨をする人も多いだろうが、なにもこれは自民党限定の「病」ではないようだ。
当時、この「報復発言」が批判されている中で、橋本龍太郎首相(当時)にも矛先が向いたのだが、そこでこんな「ぶっちゃけ」をしている。







