《橋本首相は同日、記者団に対して「我々が野党の時も当時の与党でそうおっしゃった方がいた」と、細川、羽田政権当時の連立与党内でも同様の話が取りざたされていたことを指摘した》(読売新聞1996年11月28日)
要するに、「野党だって権力を握ったら同じようなことやってるだろ」というわけだ。
確かに、かつて野党幹部として自民党批判をしていた方がちゃっかり高市政権の閣僚になっているように、所属している政党と支持団体が違うだけで、与党も野党も選挙では同じような戦い方をして、同じような票を固めている。
「裏切り者」にはペナルティーを与えないと、他の支持団体に示しがつかないのだ。そして、実は我々有権者の中にも、うっすらではあるが「ま、選挙ってそういうものだよね」と割り切っている方がいる。
選挙を応援すれば甘い汁が吸えるし、応援しなければ冷遇される。そういう「利益誘導型政治」をよしとして受け入れている人たちも少なくないのであろう。
30年前もそうだった。マスコミや野党は「自民党が予算を私物化している」と批判。国会では当時、厚生大臣だった小泉純一郎氏もこのような身内批判をした。
「政党政治でありますから、選挙が終わってその選挙を応援してくれた人たちを大事にしようという気持ちはわかりますが、本来行政というのはどういう施策が重要かという視点からなされるべきでありまして、政党としても自分を、また自分の政党を選挙で応援してくれたからその支援団体のことばかりを考えて政治を行うと私は次の選挙で手痛いしっぺ返しを受けるんじゃないかと思います」(第138回国会 参議院 厚生委員会 閉会後第1号 1996年11月28日)
しかし、現実はそこまで大きな「しっぺ返し」を食らうことはなかった。
紆余曲折はあったが、民意はなんやかんやと自民党を選び続けて2009年まで続いた。
「応援しない自治体の予算カットするぞ」なんて高圧的なことを言われても、自分たちの町、自分たちの業界、自分たちの生活に「得」になることをしてくれる政治家に有権者は票を投じるものなのだ。
8月8日、週刊文春は簗大臣が選挙の公示日に、支援者らを無償でシャトルバスに乗せて集めていたことが、公職選挙法違反の疑いがあると二の矢を放った。完全にクビを取りにいっているようだ。
しかし、高市首相の国民的人気が揺らぐ気配は、今のところない。野党やメディアは「任命責任」を追及しているが、世論はそれほど盛り上がっていない。
仮に大臣を辞任しても「愛しのやなちゃん」なのだから、ほとぼりが冷めれば党の要職に起用されるはずだ。実際、一度は表舞台を去った「裏金議員」たちも続々と要職に重用されているではないか。
今回の騒動を見てもわかるように、日本の政治は30年前と同じような不祥事、同じような議論を延々と繰り返している。それは政治家が悪いというだけではなく、彼らの非常識な振る舞いを簡単に忘れてしまう有権者側にも問題があるのかもしれない。








