静岡ホビーショーで
原発模型に起きた予想外の展開
ようやく完成した原発の模型を持って早朝にツインメッセ静岡の会場に持ち込み、展示の準備をしていると、いきなり見知らぬ人から背中越しに言われました。
「大胆な悪趣味ですね」
その人はそれっきり私と顔も合わせずに行ってしまいました。覚悟はしていましたが、一切の説明をする機会が事前にないとこうなるのです。これまでの努力を全否定された気になり憂鬱な気分になりましたが、「ちゃんと説明すれば分かってもらえる」の思いを持ち続けました。
ところがいざ展示が始まってみると、
「原発ってこんなに大きいの!?」
「こんな環境で作業員が復旧作業に当たっているの?」
といった反響が予想外に大きく、さらに福島県の模型サークルの方々もいらっしゃって、
「やっと本物に会えました。ありがとうございます」
と声をかけてくださり、ようやく胸のつかえが取れる思いでした。
そしてその日の夜、会社から、
「あの福島第一原発の模型を明日の番組で使いたい。ついては、一緒にスタジオ出演して解説してほしい」
と電話がかかってきたことで、急遽、静岡の展示を1日で切り上げて、日曜の昼の番組に生出演することになりました。実は模型が完成して静岡に持って来る直前にテレビ朝日に持ち込んで、各番組のデスクには見てもらっていたのです。ちょうど1号機の地下に高濃度の汚染水が溜まっているという報道が初めて出たタイミングでした。
福島第一原発の断面模型が
テレビ放送で大きな反響を呼ぶ
この時期に原子炉内部の状況を正確な断面模型で解説できたため、放送はかなりのインパクトがあったようです。娘からの、
「パパの作った原発模型がネットで絶賛されてるって、大学の先輩が教えてくれた」
『私とプラモデルの半世紀』(松井康真、中央公論新社)
というまわりくどい口コミで、ネット上で大きな反響があったことも初めて知りました。
神様は私ごときにいったい何をしろとおっしゃっているのか、不思議に思います。原発事故の詳細な勉強を個人的に始めたのは福島第一原発事故のわずか2カ月前です。六ヶ所村の核燃料サイクル施設内において震度7で被災し、誰も作れなかった福島第一原発1号機建屋の正確な模型もこのタイミングで作れました。入社の面接時に「これからの報道には科学の知識が必要です!」とアピールしたことが、思い出されます。
この年の7月の定期人事異動で、私は25年務めたアナウンサー職から転籍し、報道局の原発担当記者になりました。異動について上司から告げられた時、驚くほど驚かない自分がそこにいました。







