岩尾 長い目で見れば自分だけが儲かる世界などありえず、誰かがモノを買ってくれて初めて商売が成立する。裏を返せば、他人のことを考えないビジネスや、人格に難のある経営者はいずれ顧客を失い、富を失うことになります。この当たり前の理屈がわからない人が多すぎます。
マッキンゼー出身の店主が
人気カフェで実践した経営戦略
浜崎 おっしゃるとおりです。経済が循環である限り、長期的に見れば、バランス感覚に優れた人格者がビジネスの世界でも残っていくはずなんです。たとえば、東京の西国分寺にクルミドコーヒーという、2013年の「食べログ」(カフェ部門)のランキングで全国1位となった喫茶店があります。店主の影山知明氏は、東京大学卒業後、マッキンゼー&カンパニーで働いた人物ですが、彼が実践したのが、まさしくギバー戦略でした。
たとえば1杯のコーヒーが600円だとすれば、プロの演奏を店内で満喫できるクラシックコンサートを格安で提供するなど、800円から1000円以上の価値をサービスとして顧客に提供する。
結果、お客に「お返しをしたい」という思いが自然に生まれ、高頻度のリピーターや多額の購入、好意的な口コミの伝播が「返礼」として戻ってきたといいます。
突き詰めれば、経営学者のピーター・ドラッカーが言うように、商売の秘訣は「顧客の創造」です。企業と社会、企業と顧客との関係を整え、そこに調和を生むギブの商法、それが長期的にビジネスを生き残らせていく。
要するに、ギバーとは人格者であり、「いき」な人物だということです。だからこそ、彼らは短期的には損をするかもしれないが、長期的には必ず成功を収める。僕のつたない人生経験や文芸批評の経験のみならず、それは、歴史が示しているところです。
ヘンリー・フォードと松下幸之助に
共通していた「ギバー」の精神
『武器としての経営思考』(岩尾俊兵、PHP研究所)
岩尾 フォード社の創始者ヘンリー・フォードが世界初の量産型ガソリン自動車「T型フォード」を開発した背景にも、じつはギブの考え方、「全員で豊かになる」という発想がありました。フォードは一般庶民に手の届かなかった自動車を、自社の従業員が2、3年の貯金で購入できる価格にしたいと考えた。ギバーとしての思いが、技術革新と量産化を実現したわけです。おそらくフォードは、自分や自社の存在が他者との関係性の上に成り立っていることを、直感的に理解していたのでしょう。
浜崎 日本でいえば、パナソニック創業者の松下幸之助もまたギバーであり、人格者であり、平衡感覚に優れた保守的な経営者ではなかったでしょうか。彼が『道をひらく』(PHP研究所)をはじめとした著書で説いたのも、やはり人間の「生き方」でした。もちろん当時と現在では時代状況が違うし、フォードにせよ松下幸之助にせよ、名経営者が残した言葉と僕たちの現実感とのあいだには少なからずギャップがあります。
でも、だからこそ、彼らの個別・具体的な経験を抽象化し、普遍的な理論として構築し直す必要があるんでしょうね。経験の言語化という仕事を担うのは、机上の空論ではなく腹落ちする言葉を求める学者であり、評論家です。気障にいえば、岩尾さんと文芸批評家の僕がこうやって話しているのも、そのためだといえるのかもしれません(笑)。







