日本を創った57人の経営者Photo:Diamond/AI Generated/ChatGPT

いま私たちが当たり前だと思っている日本の企業の姿や、働き方、組織の常識は、最初にそれを形作った設計者や実装者がいる。連載『日本を創った57人の経営者』の本稿では、“経営の神様”こと松下幸之助を取り上げる。彼が神様と呼ばれるゆえんは、単に「神様のようにすごい経営者」だったからではない。会社経営そのものに宗教の構図を持ち込んだところにあった。(ダイヤモンド編集部論説委員 深澤 献)

「経営の神様」という
最高の賛辞を得た男

 パナソニック(旧松下電器産業)の創業者である松下幸之助が京都に設けた別邸「真々庵」の庭園には、「根源社(こんげんのやしろ)」という“宇宙の根源”を祭る社(やしろ)があります。1962年に創建されたもので、伊勢神宮内宮を模した神社のかたちをしています。

 ここに幸之助が「神様」として祭られているわけではありません。「宇宙根源の力は万物を生成発展させる」という彼独自の思想を象徴する社殿です。松下自身は特定の宗教宗派に帰依せず、神道・仏教・キリスト教など多様な宗教から学びつつ、「宇宙根源の力」という抽象的な概念を信仰の中心に据えたといいます。

 以前、京都市にある「PHP研究所」の本部を訪ねたことがあります。PHPとはPeace(平和)、Happiness(幸福)、Prosperity(繁栄)の頭文字で、1946年に松下の思想の研究や、出版・人材育成事業を行うことを目的に設立された機関です。

 ここでも最上階には根源社が分祀されていて、同社の最新刊がベストセラー祈願なのか、台座の上でお供えされていました。他には、大阪府門真市のパナソニック本社敷地内にも分祀されているそうです。

「宗教がかった」という表現でいえば、確かにその通りです。そして、松下自身「経営の神様」と呼ばれる存在です。

 考えてみると「◯◯の神様」って最高の賛辞ですよね。

 渋沢栄一は「資本主義の父」、本田宗一郎は「天才エンジニア」、松永安左エ門は「電力の鬼」など、さまざまな異名で呼ばれる経営者はいます。

 しかし神様とまで呼ばれた経営者はなかなかいない。

 成功した経営者なら他にもいくらでもいますし、売り上げ規模や生み出した企業数でいえば、松下を上回る人物も珍しくありません。それでも松下は神様になった。そこには、業績だけでは説明できない、奇妙な違いがあります。

 松下は、優れた経営者である以前に、優れた「語り部」でした。商品を売るだけでなく、「経営とは何か」「働くとは何か」「成功とは何か」という“意味”そのものを語り続けた人だったのです。

 彼の言葉は、経営ノウハウというより、人生訓に近いものでした。

「商売は世のため人のため」(「商売戦術三十箇条」第1条)

「繁栄こそが幸福で平和な生活をもたらす」(PHP:Peace and Happiness through Prosperity)

「素直な心になれれば、人生も経営もひらける」(『道をひらく』PHP研究所、1968年)

 どれも具体的な手法というより、「生き方」そのものを指し示す言葉です。

 それはどこか、宗教の説法にも似ています。何をすればもうかるかではなく、どう生きれば報われるかを語る。技術論ではなく、信念を与える。組織を動かす前に、人の心を整える――。

 松下は自ら「経営という宗教」を作り上げてしまった、最初の経営者でした。だから「経営の神様」と呼ばれたのです。

「宗教そのもの」ではなく
「宗教という装置」から学ぶ

 松下はいつ、なぜ、経営という行為に宗教の要素を持ち込んだのか。

 実は彼自身が、その転機をはっきり語っています。「週刊ダイヤモンド」1963年9月10日号に寄せた手記の中で、1932年に天理教本部(奈良県天理市)を訪れた際のことをこう振り返っています(松下幸之助がある宗教団体の隆盛ぶりから学んだ「経営の本質」参照)。

「30年ほど前、ある宗教団体を訪れて、その盛大ぶりに目を見張った。祭殿建造のために大きな製材工場まで備えたその組織は、私の目には驚くほど見事な事業経営に映った」

 ここで重要なのは、松下が宗教に「信仰」を求めたのではなく、宗教を一つの経営モデルとして見たことです。

 次ページでは、松下が宗教を「最強の組織運営システム」として発見し、家電ビジネスに「貧困から人類を解放する」という使命を見いだした「水道哲学」や、戦後の日本を繁栄に導くPHPなど、独自の思想に結び付けていく過程に迫ります。そして、彼の発明した宗教型経営がなぜ“カルト化”せず、今に至るまで支持され続けるのかを考察していきます。