「おもんない」ことはやめていい
努力を続けるために必要な視点
僕の努力は、僕が勝手に決めた到達したいゴールにたどり着くためのものだ。だから、それ以外の努力はしない。
たとえば僕は“おもんない”と思うこと、やりたくないことはいつでもやめていいと決めている。これは35歳ぐらいのときに決めたことで、自分の人生1回きりやし、おもんないことに、時間を費やしている暇はない。そうすると、自分がやっていることはすべて「自分がそうするのが好きだからやっている」に変わり、ストレスが激減するからだ。
筆頭に上がるのが、我慢だ。努力の中には、自分が必要だと思って納得してする努力と、意味がないと思いながら他人に強制される努力とがある。後者は我慢と呼ばれるもので、僕はこうしたものはしないと決めている。やりたくないからだ。
もちろん、他人からは強制されない、自分で自分を痛めつけるような我慢もしない。ただ、「やりたくない」と言えない人が世の中にはいる。誰かが断った仕事が、気がつくと自分のところに回ってきている。そういう状況に置かれているような、優しい人たちだ。
「まぁええか」と思えているうちは、受けてもいいと思う。それが自分のスタイルなら、それはそれで全然構わない。でも、それがいつの間にか「なんかおもんないな」「しんどいな」に変わってきたら、そこが動くタイミングだ。我慢する必要はない。
「今はもういっぱいで無理です」と正直に言うのでもいい。自分では言いにくいなら、マネージャや誰か信頼できる人に「こういう状況になってます」と打ち明けるのでもいい。言えないなら、言える誰かにアウトソースすればいい。
自分の「おもんない」に気づいたなら、それを無視しないことだ。
例を挙げていこう。
「この仕事は我慢でしかない」「この会社ではもう働きたくない」と感じたら、辞める。会社を買収するとか内部から変えるとか、そういうゴールもあるだろうが、面倒くさい。辞めるのが手っ取り早い。
『持たざる者の戦略 エンジニアがやっている努力を超えた行動設計』(牛尾 剛、朝日新聞出版)
辞めると収入がなくなる。だからといって「辞められない」のではない。その会社で働く以外に家賃や生活費を捻出する方法を考え、自分に合うものを選んで実行する。それだけだ。
そう決めた瞬間、今の会社は「辞めるまでのつなぎ」になる。転職活動で1社目にお断りされても、それはフィードバックを得てゴールに近づいただけで、失敗ではない。準備はしなくていいならそれに越したことはないが、そうはいかないから動く。
こうやって考える癖をつけると、何をしてもしなくても自分の選択ということになる。誰のせいにもできないが、そう思うことで、実は気分が軽くなる。
できないと思っていることは、実はやらないと決めているだけ。
自分の決断の結果なのだと気がつくからだ。







