『豊臣兄弟!』第40回より(C)NHK
歴史はエンターテインメント!かしまし歴史チャンネルへようこそ。『豊臣兄弟!』第40回のタイトルは「あさひの輿入れ」。徳川家の忠臣・石川数正(演:迫田孝也)が出奔、豊臣方につくことに。豊臣 VS 徳川の全面対決は不可避、と豊臣秀吉(演:池松壮亮)が挙兵を決めた矢先にある大事件が起こります。秀吉は方針を変更して武力行使を取りやめ、両者は和睦の道を探り始めました。和睦の条件として、徳川家康(演:松下洸平)は秀吉に、身内を妻として差し出すよう要求します。しかし豊臣家から輿入れできるのは妹のあさひ(演:倉沢杏菜)だけ。秀吉はあさひに、夫の副田吉成(甚助/演:前原瑞樹)と離縁するよう命じる……という内容でした。秀吉に戦争を諦めさせたできごととは何だったのでしょうか?(かしまし歴史チャンネル/川合章子)
家康との講和後も、秀吉は戦うつもりだった
小牧・長久手の戦いの後、豊臣秀吉は織田信雄と講和しました。さらに、徳川家康が次男の於義伊(のちの結城秀康)を人質として差し出したことで、秀吉と家康の間にも、ひとまず和議が成立しました。
しかし、秀吉は家康との戦いを諦めたわけではありませんでした。
秀吉はその後、紀伊・和泉の根来衆や雑賀衆を平定し、四国の長宗我部元親を攻め、さらに越中の佐々成政を降伏させています。これらの戦いには、反秀吉勢力を制圧するだけでなく、家康と結びつく可能性のある勢力を排除する狙いもあったと考えられます。
とりわけ、天正13年(1585)夏の佐々成政攻めは重要でした。成政は真冬の北アルプスを越える「さらさら越え」を敢行し、家康に秀吉との再戦を促していた人物です。
・織田信雄→のぶかつ?のぶお?信長の次男・織田信雄「無能」のレッテルは本当か〈大河ドラマ「豊臣兄弟!」第34回〉
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家康が再び秀吉に敵対するのではないか。警戒を強めた秀吉は、8月26日に成政を降伏させた後も、家康への不信感を拭えませんでした。
そして9月、秀吉は家康に対し、家臣たちの妻子を新たに人質として差し出すよう要求したのです。しかし、家康と徳川家臣団はこの要求を拒否しました。
秀吉の権勢を間近で見ていた石川数正は、秀吉との和睦を重視していたとされます。一方、長久手の戦いで秀吉軍に勝利したという自負を持つ徳川家臣団には、そう簡単に屈服する気はありませんでした。
両者の関係は、和議が成立した後も、ずっと緊迫した状態が続いていたのです。







