もっとも、秀吉は地震後すぐに家康討伐を断念したわけではありません。天正14年(1586)1月9日付の上杉景勝宛て書状には、2月10日に家康討伐へ出陣する予定を伝えていたとされます。地震前に予定していた1月15日の出陣を延期したものの、なお武力による解決を視野に入れていたようなのです。
しかし、被災地の復旧や軍事的な事情を考えれば、当初の計画をそのまま実行することは難しくなったのでしょう。
やがて秀吉は、武力によって家康を屈服させる方針から、政治的な交渉によって臣従させる方針へと変わっていきます。そして天正14年5月、秀吉の妹・旭姫が家康に嫁ぐことになりました。
天下統一を目指す秀吉の前に立ちはだかったのは、家康という強敵だけではありませんでした。大きな自然災害もまた、戦国時代の政治と軍事の行方を左右する大きな要因となったのです。
秀吉の妹、あさひ(旭姫/朝日姫)。史実では家康に嫁いだとき44歳だった (C)NHK 拡大画像表示
豊臣秀吉(中)、秀長(右)、秀次(左、演:山田涼介)と石川数正(手前) (C)NHK 拡大画像表示
あさひ(右)と夫の副田吉成(左) (C)NHK 拡大画像表示
徳川家康(演:松下洸平) (C)NHK 拡大画像表示
次ページの動画では、「もし天正大地震が起こらなかったら秀吉と家康のどちらが勝ったか?」などについてお話ししているほか、あさひ(旭姫)の結婚についての切り抜き動画も掲載しています。







