**入店してきたお客様を取り合う

「例えば、お客様が、その商品をいいと思っていても、懐具合とかの理由で、迷っている時もあるし、あるいは、すすめられた商品が欲しくない時に、いらないってはっきり言いにくい時ってあるだろ。その時に、販売員が強引に売ろうとする、俗に言う、無理売りってやつが、一部で起きているんだ」

「そりゃ、個人の売上が、まともに何パーセントも本人に還元されるようになったら、そんなことをする奴も出てくるだろうな」

「そう。それに、お客様が店に入ってきた時に、我先にお客様にアプローチしようとする販売員も出てきている。入店してきたお客様の取り合いも一部では起きはじめているんだ」

「店長がしっかりしていて、変な動きをしないようにマネジメントをしていれば問題は起きないだろうが、今のように店長たちの力が落ちていると、注意されずにそのまま放置されることもあるんだろうな」

 沼口が言った。

「そういうのはお客様にとっても、あまり心地いいものじゃない。その時は、客単価が上がって販売員の売上実績が上がったとしても、お客様がいい印象を持たずに帰ることになるのはよくないよ」

「高山の言う通りだな。つまり、心地よくない体験をしたお客様は、次にスーツを買おうと思った時に、つい他の競合店に行ってみようと思ってしまう確率が高まるってことだな。販売員の客単価がどれだけ上がっても、店の印象が悪くなって客数が減っていったら、元も子もない話だ」

 そう言って、沼口はお茶を飲みほした。

「僕も店で立っていると、なんとなく客数が減ってきている感じがするんだ」

「売上って、お客様の数に一人当たりの単価を掛け合わせたものですものね」

 守下の発言に、高山は、「おう、お前もいいこと言うね」と言った。

「この間の合同会議に参加した時に経理が発表していたんだが、うちの会社の販促費は売上対比で9%。今の社長になって減らしてきているが、それでも、そのレベル。このうちの6〜7割をしめるのが、チラシの費用だからな」

「しきがわ全体の売上げが、だいたい550億円でしたっけ。ならば、新聞の折り込みチラシの経費は30億円は超えているんですね」

「守下、お前、計算が速いな」と高山は言った。