**まともに地雷を踏む

「そもそもスーツなんて、普通はせいぜい半年に1回程度の買い物だ。今回のインセンティブ制度の悪影響は、半年経った今、集客数の減という形で表面化してきていると思う。さらに、せっかく、あるお客様が特定の販売員を気に入っていて、その販売員に接客してほしくて来店した時に、他の販売員たちがインセンティブ欲しさにお客様の取り合いをしたら、ますます、お客様の求めている店の姿とはかけ離れてくる。こういう郊外の店なんて、お客様の期待に沿えずに来てくれなくなったらアウトだ。そういう意味では、今回のインセンティブ制度には、欠陥があるんだ」

 高山は一気にまくしたてた。

「高山。お前、ひょっとして、今の話をそのまんま、朝礼でしゃべったのか」

「そう。総本店の朝礼では、週1回、順番に、気がついた業務の改善すべき点を3分でスピーチすることになっているから」

「今の話って、まともに阿久津専務のつくった制度への批判じゃないか」

「別に、制度を少し直せばいいだけだと思うけど」

「制度の直し方についても話をしたのか?」

「その話をはじめる前に、阿久津専務が拍手をしたので話はそこで終わった」

 沼口はため息をついた。

「つまりだ。お前、まともに地雷を踏んだわけだ」

「あなたたち、随分、話が盛り上がっているようだけど、昼の休憩時間はそろそろ終わりじゃない?」

 高山たちよりもあとに食堂に来た、社長秘書の木本愛が食事を終えて、3人に声をかけてきた。

「あ、いけない。僕、店に戻らないと。次の休憩メンバーが待っていますから」

 守下は、「ありがとうございました、じゃあ」とあわてて席を立った。

 株式会社しきがわの本社は総本店の上の階にあり、守下は急いで食事を片づけ食堂を出て、階段を下りて総本店の売り場に向かった。

 木本は、高山と沼口が軽く会釈をすると、微笑みを返して食堂を出ていった。

「高山。お前は店に戻らなくてもいいのか」

「別にいい。どうせ来週、店舗から異動だし、今は店もお客さんが少ないし」

「そうか。やっちまったものは、もうしょうがないしな」

「そうだな、ハハ」

「そこで笑うな」と沼口は言った。

「で、どこに異動になるんだ?今、商品部には、お前が来れるような空きポジションはないぞ」

「まだ、異動先は最終的には決まっていないって。おそらく、最近、中途入社してきた人が責任者になる、新設の部署じゃないかって、この間、人事の若い奴から聞き出した」

「あ、そうか。社長が自分のまわりを固めようと、ヘッドハンティングの会社を使って、今、新しい幹部スタッフを入れようとしているものな。人事部長の添谷野さんもその一人だけど、あの人を見ていると、いくら会社の将来のためとはいえ、こんな人が本当に必要なのかと思うな。社長の気持ちはわからんでもないが。なんか、味噌くそ一緒の採用になっているように見える」

「その辺の事情は、僕にはよくわからないけど」

 高山は、入社以来、店舗でずっと過ごしてきたため、本社内の動きについては全くと言っていいくらい、うとかった。

「またもや、『何か新しい部ができたが、何をやっているのだかよくわからない』なんて社内で言われるのかね。今度は何ていう部署ができるんだ?」

「何かを企画する部署を新設するって言ってた」高山は食堂の天井を見上げた。

「企画っていったって、商品企画も販促企画も店舗企画も、すでに社内にあるじゃないか。これ以上、何を企画するってのかね」

 高山はしばらく考えていたが、「あ、思い出した」と言って、沼口のほうを向いた。

「確か、経営企画室だった」

 高山は笑顔で答えた。

(つづく)

※本連載の内容は、すべてフィクションです。
※本連載は(月)~(金)に掲載いたします。


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