**最大60ヵ月分の退職金を支給

「沼口さんの言う通り。ロバート・ウォートンの投資会社が大株主になった年の話ね。多分、CEO、COOたち、執行役員への圧力、つまり配当を出さなければいけないという圧力が強くなったんじゃない?」

「ロバート・ウォートンって、マスコミに取り上げられる時は、投資の神様みたいに扱われるのにな」

 沼口が答えた。

「私はよくわからないけど、投資家ってそういうもんじゃないの? 配当を得るのが目的なんでしょ。あとは、安く買って高く売るっていうこと。そのどちらかなんでしょ?」

「確かに、ロバート・ウォートンって、企業の株を長期にわたって保有する人だって言われているものな。ならば、株の投機売買ではなく、配当をしっかり求めるということになるのか」

「その時に日本フラッシュソーダ社の人事部長だったのが、今度の室長の伊奈木さんなの。伊奈木さんがしたことは、外資系企業の人事部の人たちの間では語り草になっているみたい。まず、早期退職候補者のリストを作成したあとに、早期退職の奨励金の算出式をつくり、最大60ヵ月を支給するようにしたんだって」

「60ヵ月って……。給与の5年分? そりゃすごいな」

 沼口は目をむいた。

 話を聞きながら高山も、いったい自分が何年しきがわで働いたら、そんな金額の退職金をもらえるんだろうか、まず、ありえない金額だと思った。

「年配の課長クラスで、年収1500万円くらいですって。だから、早期退職奨励金は7500万円ね。この予算案をリストラのどさくさにまぎれて通してしまったの」

「相澤さん、なんで、そんなことまで詳しく知ってるの? 伊奈木さんから直接、聞いたわけ?」

 高山が聞いた。

「ううん。社長がヘッドハンティング会社の人と会う時に、たまたま、同席して書記役をしたの。ヘッドハンティング会社から、いい人が見つかりました、っていう急な連絡があったわけ。社長とのミーティングが急にセットされた際に、人事部の人がちょうど誰もいなくてね」

 高山は、ヘッドハンターって、そんなレベルまで、企業の事情を知っているんだな、と思った。