田中 今回の本は、実務に使えないと意味がないので、「明日から何をすべきか?」を導くためのシンプルなツールを紹介しているんです。そういう意味では、森さんにうかがった話には通じるのかなぁと思いました。
森 マーケティングでも何でもそうですが、普通は目の前にある仕事に対して自分が興味を持てれば、勉強するツールはいくらでもあると思うんですよ。どうなっているんだろうと調べて、わからなければ人に聞くとか。私はたまたま36歳のときにアメリカの現地法人に行って社長をやれと言われました。したがって、毎年決算をやらなければいけないし、月次決算もやらなければいけません。本社から質問もされます。会計士の対応もしないといけません。そうしたら、やらなければいけませんよね。
田中 慌てて本を読んで勉強されたんですか?
森 していませんね(笑)。英語などもそうなんですが、私は学校に行くとか、本を読んで勉強することなど、ほとんどありませんでした。
田中 現場での実践を通じて学んだ感じですか?
森 そうです。ひとつひとつ納得が行くまで聞きましたよ。だって会計士に聞いたら何でも教えてくれるわけですから。
田中 では、昔はこんなこともわからなかった、なんてことはありますか?会計に関する本の読者からは「利益が出ているのにお金が足りない会社があるのはなぜ?」と、よく聞かれるのですが。
森 それはP/L(損益計算書)しか見ていないからですよ。バランスシートのことをちゃんと理解しないとキャッシュフローのことなんてわかるはずありませんよね。
田中 そうですね。
森 だから、バランスシートにはきちんと左側と右側があって、左側には資産があって、右側には負債があってとか、こういう構造というのは、まずちゃんと教えてもらわないとわかりませんよね。
事業の結果を示す数字に隠れている「なぜ?」が戦略を導く
田中 社内の管理会計データを事業戦略に生かすために実際にされている工夫について、お聞きしたいと思います。会社を建て直すために計数管理はどうされていますか?
森 P/Lやバランスシート、キャッシュフロー表といった基本的な決算は月次で締めていますね。
田中 その月次決算は、毎月何日で締められていますか?
森 私が来てからは翌日に締めています。昔は10日ぐらいかかっていたのではないでしょうか。
田中 私も多くの会社を見てきましたが、やはり良い会社は、きまって月次決算が早いんですよね。逆に、パッとしない会社というのは、とにかく月次決算が締まるのが遅いんです。だから、経営のPDCAサイクルをまともに回せなくなります。
森 翌月の1日には全部わかっていますよ。そして、毎月第1金曜日に全社員を集める朝礼で前月のP/Lを見ながら「先月のウチの会社はこうでした」と私が話して共有しています。重要な財務数値を説明すれば、みんなわかりますからね。毎週水曜日には経営会議もやっているから、「じゃあ、商品部はどう手を打ちますか?営業部は?」という具合に打ち手も考えられます。ところが、会社というのは、根深いところでおかしくなっているものです。数字は結果を示しているだけであって、そこに対して、では、なぜこんなことになっていのるかという行動を導くわけです。
田中 数字というのはファクトであって、まずこのファクトを押さえることが大切なんです。ある月の売上が落ちたところで「来月の売上を上げよう」みたいな議論をしてもまったく意味がなくて、そのファクトの背景に何があって、明日から何をすべきかを明らかにしてくれるところが、会計やファイナンスの役割だろうと思うんですね。特に日本の会社は、戦後の社会構造の影響で、マーケティングとファイナンスのリテラシーが海外に比べて遅れています。人口が増え続けたバブルの時期まではあらゆる産業のパイが大きくなったからマーケティングの発想なんて必要なかったわけです。
森 だから、他人と同じことをやっていればよかったんです(笑)。
田中 ファイナンスも一緒です。事業会社に対して銀行がローンを出して、持ち合いをやっていたから株主まで銀行でした。要するに銀行が事業会社の資金繰りを丸抱えしてくれていたので、ファイナンス戦略なんて考える必要すらなかったんです。もっと言うと、最近まで「ファイナンスって何?」という感じでした(笑)。マーケティングは、少子高齢化で普通にやっていても売れなくなったから戦略が必要になりました。ファイナンスも金融商品の時価会計の導入などで持ち合いが崩れた途端やかましい株主が急に入ってきたし、銀行が面倒を見てくれなくなったから戦略が必要になったわけです。