「いろいろ考えて決めたんです。私、芸者になることに決めました」

 就職活動をしている最中に、芸者置屋のお母さんをしているという女性に出会ったのだという。その女性から「あなたは芸者に向いているわ」と言われ、「その気があるなら、いつでもいらっしゃい」と名刺を渡された。

 その後の就活中、それがずっと心に引っかかっていて、内定をもらってからも忘れられず、N美さんはその女性に会いにいってきたのだという。

 そこで女性の話を聞き、今まで生きてきた世界とはまったく違う世界に魅せられた。置屋の女性は、「半端な気持ちでは長続きはしないわよ」と釘を刺すことも忘れなかったが、なぜかN美さんは「ここが私の居場所だ」と強く感じたのだという。

「すぐにでも家を出たい」というN美さんを、「せっかく大学に入ったのだから、ちゃんと卒業しなさい。親御さんにもちゃんと了承を取ってね」と、女性が説得した。

母とのことは終わりにします

 その後のN美さんは、母親からの猛烈な反対にも動揺することなく、再び置屋の女性のところに行き、これまでの親子関係のことや、私とのカウンセリングの話など、すべて聞いてもらったのだという。

「あなたもずっと苦労してきたんだね」
 その女性は、ゆっくりと話を聞いてくれたそうである。

「あれからうちの母は、勝手にしろと言って私とは口もきいてくれません。私がずっと求めていた母はもういなくなってしまった。

 長い間、自分のことをわかってくれる母という存在を探していたけど、今の私には代わりになるお母さんがいます。厳しいところもあるけれど、私を丸ごと受け入れて応援してくれる」

 N美さんはとてもいい笑顔を見せて私に言った。

「父には悪いなと思うけど、もう母には何も感じません。

 将来的にわかってくれればいいなと思うけど、それはもう気にしません。母とのことはもう終わりにします

 そうN美さんは言い切り、心の中で母親との縁切りをしたのである。

 母ときっぱり縁を切るしか解決策がないことも、現実には多い。

 血のつながった親子だからこそ、明確な一線を引かないと、お互いに甘えて、許して、それをだらだらと続けていってしまいかねないからだ。一度はっきり仕切り直しをすれば、葛藤に終止符を打つこともできるし、のちに復縁することも難しくはない、と私は考えている。