進路のことでまた母親と激しくやりあって、「そんなに勝手に好きな仕事につきたいなら、この家を出ていきなさい」と言われたのだという。
「出ていけ」と言われたことは今までにもあるが、「好きな仕事をやりたいなら出ていけ」と言われたのは初めてで、そこまで母は自分のことが憎いのか、とN美さんは愕然とした。
この日、初めて涙を見せたN美さんに、私はこうアドバイスした。
「もう親のはけ口になり続ける必要はないんじゃないかな。
あなたにしてみれば家を出るのは不安だと思うけれど、親と一度距離を取るというのも選択肢の一つとして考えてみてもいいんじゃないかな。
親だからといって、ずっとそばにいる必要はないし、ある程度距離を取ったほうがうまく話ができることもありますよ」
親と距離を取ってみたら、というのは、親子関係に課題を抱えるクライアントに対して比較的よく用いるアドバイスだ。
親との間に心理的な距離が取れるようになることが理想だが、それはすぐには難しいので、クライアントが大学生や社会人なら、まずは親のいる実家を出ることで、物理的に離れることを試みるわけだ。
そう言われたクライアントはたいてい、「大丈夫でしょうか?」「やっていけるでしょうか?」と、母親と離れて一人になる不安を口にする。
しかし、その不安は漠然としたものでしかない。他に行き場がない、そう心理的に自分で思い込んでしまっているだけなのだ。
実際には、そうして一人暮らしを始めたクライアントが、その後うまくいく確率は驚くほど高い。
就職活動が忙しいのか、それからしばらくN美さんから音沙汰はなかった。
「私の居場所」と感じられて
最後の面接から3ヵ月以上経ったある日、N美さんから、出版社から内定をもらったという報告が入った。
しかし、その報告からひと月も経たないうちに、N美さんは私に驚くような決心を語って聞かせたのである。