ハーバード、マッキンゼー、INSEAD(欧州経営大学院)、BIS(国際決済銀行)、OECD(経済協力開発機構)と、日本・アメリカ・ヨーロッパとわたり歩いてきた京都大学教授の河合江理子氏。そして、経団連の副会長も務め、日本の財界のみならす、国際会議などでも積極的な提言を行なう、第一生命保険株式会社代表取締役会長の斎藤勝利氏。
教育の現場、企業の現場それぞれの視点から、世界に通用する具体的な人材像が語られた。河合氏と斎藤氏による対談は全3回を予定。
日本語やフランス語に訪れる未来とは
斎藤 水村美苗さんの『日本語が亡びるとき』(筑摩書房)は読まれましたか?
河合 読みました。海外に長い間住んでいた日本人として深く共感しました。以前、日経ビジネスオンラインのコラムで取り上げたこともあります。
[第一生命保険株式会社代表取締役会長、社団法人日本経済団体連合会副会長]
1943年、東京都生まれ。1967年、一橋大学商学部卒業後、第一生命保険相互会社入社。国際企画部長、調査部長を経て、1994年に取締役調査部長就任。その後、取締役企画・広報本部長兼調査部長、常務取締役、専務取締役、代表取締役専務を務めたのち、2004年に代表取締役社長となる。2010年、東京証券取引所に上場したのを機に社長を退任すると、同年、第一生命保険株式会社代表取締役副会長、翌年には代表取締役会長に就任し、現在に至る。
斎藤 いい本ですよね。20世紀の前半までは、英語、フランス語、ドイツ語が勢力的にはほぼ並存していたようですが、20世紀後半から英語が図抜けた勢いを持ち始めて、21世紀に入ると、デジタル化の時代、英語が一人勝ちの様相になってきました。
河合 水村さんのおっしゃる通りだと思いましたが、「各国の政治家がみな英語を話すなか、日本の政治家は英語ができないのでグループに入れない」など、読んでいて、結構つらい気持ちになりましたね。
斎藤 英語一人勝ちの時代となるなかで、日本としては、英語を国語にするか、一億総バイリンガルにするか、または一定数の人材を確保するかという3つの選択肢があり、結局、3番目の選択しかないのではという話をされていました。私もそう思いますね。
たとえば、典型的なのはノーベル賞ですよね。英語で論文を書かなければ候補にもなれないわけです。今後、自然科学だけでなくて、社会科学についても、英語でアウトプットする時代になっていくのかと思います。
本の中には、グーグルが、世界の主だった図書館の本を、年間100万冊を超えるペースでデジタル化していると書かれていました。そもそも、英語で書かなければこうしたデジタル化の対象にもならなくなり、社会科学系の学者も英語でアウトプットしていく人が多くならざるを得ないと予測していますが、私もそうなっていくのだろうなと思います。
河合 たしかに、概して理系の学生のほうが、社会科学系の学生よりも専門分野で英文を読む機会が多い印象を受けます。
斎藤 そうですね。理系の場合は結局、テクニカルターム(専門用語)が存在していることも要因としてあるのかもしれませんが、文系も同じですか?
河合 文系も同じです。経済などの社会科学はまさにそうですよ、テクニカルタームは決まっています。むしろ、英語のほうがわかりやすい場合もあります。たとえば、「バランスシート」のほうが「貸借対照表」より発音しやすいし、意味を理解しやすい。たしかに、数式で表される数学などは強いのかもしれませんけどね。
斎藤 水村さんの見立ての恐いところは、学者の先生方が将来いきなり英語で発信し、その分野での日本語での本が存在しなくなるということを示唆していることです。それが、本のタイトル『日本語が亡びるとき』にもなったものと思います。複雑な気にもなりますが、彼女によれば、一時は三大言語の1つだったフランス語が、結局、日本語と同じ運命をたどるかと思えば、そんなに悲観したことじゃないと。
河合 いやぁ、本当です。英語に反目していたフランスでも、英語がどんどん社会に入ってきています。フランス政府もこの動きは止められないと思います。個人的にはフランス語がとても好きでよく勉強しましたが、将来はやはり英語なのでしょうね。