「校長不在」を一因にしていいのか
現場感覚なき分析に遺族も違和感

 また、こんな指摘もあった。

 大川小では、発災当時、校長と校務職員が所用で学校を離れていたため、難を逃れた。この事実について、検証委は最終報告案で「通常より少ない人数(筆者注:13人中11人)で対応する必要があった」ため、避難の決断が遅れたと分析している。

 遺族の中にも、宮城県の公立校の教職員が何人もいる。そうした遺族たちの「現場感覚」からみても、この分析には違和感があった。遺族側は、教育現場の実態に基づいて、この一文を削除することを求めた。

遺族 「学校を複数の教師が所用で留守にすることは通常ある。校長は当日いなかったが、不在時に明確にリーダーを引き継ぐ教頭も教務主任も安全主任もいた。むしろ、これだけの教職員が揃っていることはなかなかないと思う。校長と校務職員の外出を、避難行動の不十分さの理由にしてはいけない」

室﨑委員長 「校長先生がいなかったことが、この場できちんと対応できなかった一因と考えられるのではないか」

遺族 「校長がいなくてきちんと機能できなかったのなら、それは組織の問題だ。でなければ教頭というポジションなんていらないはず。大川小くらいの小規模な学校なら、学年単位でなく、低学年、中学年、高学年という単位で対処できる。これは、通常以上の人数だということをわかってほしい」

室﨑委員長 「わかりました。調べてみます」

 検証委には、学校現場に詳しいとされる数見隆生委員、南哲調査委員(神戸大名誉教授)が入っているが、この2人は評価・分析にあたって、どこまで経験や現場感覚を生かせたのだろうか。当連載の第25回でも、委員と遺族のどちらが専門家なのか? と書いたことがあったが、この最終段階でも同様の懸念を抱かざるを得ない。

 児童が抱いていた危機感の評価・分析についても、異論が噴出した。

 最終報告案(97ページ)では、「少なくとも一部の児童は山への避難を意識していたものと考えられる」、「一部の児童が教職員に対して山への避難を強く訴えており、強い危機感を抱いていた児童が存在していた可能性は否定できない」とあるが、遺族側はそれぞれ、「考えられる」「可能性は否定できない」の部分の削除を求めた。

 室﨑委員長は、初めのうちは「断定できない」と答えていたが、生存児童の1人が検証委の聴き取りで、「山に登ればいいと思っていた」と答えていることを調査に同席した保護者から指摘され、「わかりました。書き改めます」と約束した。

 また、教職員の動きや発言が報告書案に記載されていない不自然さについても、指摘があった。

 検証委の見解では、「教職員を特定することで、証言者(児童等)が特定される可能性があることなどから、管理職、教職員A以外の教職員については、識別せずに記載している部分がある」としていたが、遺族側は、「学校監督下で、子どもたちは“自分たちで勝手に行動してはダメ”とされた状況下での犠牲なので、教職員の言葉は個人が特定できても書くべき」と主張。さらに、「子どもを監督する責任も、子どもを守る責任もない地域住民のセリフが記載されているのに、教職公務員の行動やセリフが明記できないのはおかしい」と主張した。

 やり取りは、この後もかなり緊迫した雰囲気で続いていく。

 室﨑委員長がほとんど全ての質問に回答したが、その間、事務局である社会安全研究所の首藤由紀所長が、常に室﨑氏に向かって小声でささやき続けた。遺族には、委員長の言葉ではなく、実質的に事務局が答えていたように感じ取れたという。